第47期 #9

公園

物憂げなハンカチが春の終わりに漂う公園。
羽野音そよかは学校からの帰り道、必ずこの公園を横切って帰る。
力なく揺れるブランコの音。
栄枯盛衰の歴史を感じる砂場。
ジャングルジムの下に残った雑草。
片側に透明人間が座っているシーソー。
「ペンキ塗りたて」と落書きされた古いベンチ。
いつもと変わらない公園の風景。
そよかは一度足を止めて、異常なしっ、と呟く。
そのまま公園を出ようとして、後ろから誰かに呼び止められる。
「これ、落としましたよ」
後ろを振り返ると、男の子がカードのようなものをこちらに差し出していた。
年は同じくらいだろうか。緑の縁の眼鏡をしている。
「あ、どうも……」
私はカードを受け取ったが、知らないものだった。
「えっと、これ、あの……私のじゃないです」
私は男の子にカードを返す。
「あ、これ、僕のカードだ」
男の子はくくくっと嬉しそうに笑う。
「え?」
「拾ってくれたお礼に、このカードの秘密を教えてあげる」
男の子は左目を閉じて、楽しそうに言う。
「私が拾ったんじゃないけど……」
「あそこに電話ボックスがあるでしょ? そこの電話にこのカードを入れるんだ」
「うん」
「そしてこの番号に電話をかける」
男の子はポケットから、四つに折りたたまれた紙切れを出す。
「うん」
「そうするとね。くくく」
「うん」
「あ、きみ、やってみる?」
「え? どこにかかるの?」
「いいから、ほら」
男の子は私にカードと番号の書かれた紙切れを握らせる。
私は男の子のほうを気にしながら、電話ボックスに入る。
言われた通りに、カードを入れて番号を押す。
呼び出し音が5回なったところで、向こうにつながる。
「もしもし」
「もしもし」
「羽野音そよかです」
「私なの?」
「私なの?」
「私なのね」
「そうみたい」
「うそみたい」
「ほんとだね」
それから私は私と私について話した。
男の子はこちらを見てくくくっと笑っていた。
「もうすぐ切れるみたい」
「そう」
「じゃあね」
「またね」
受話器を置く。
カードは戻ってこなかった。
私は電話ボックスから出る。
風に乗ったハンカチが目の前を横切る。
男の子の姿はもうそこにはない。
ぐるりと公園を見渡す。
異常なしっ、と呟いて、くくくっと笑ってみる。
緑色の風が、すべり台を通って、私の髪をそっと揺らす。



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