第47期 #10

漂流

 俺と、俺のゴムボート。俺のオール。太陽と、海。それしかいない、俺の世界。
 このまま、死んじまうんだろうか。流されて、誰知らぬ水の上で、独りで。焼け付いて、渇いて、独りで。じりじりと、じりじりと、太陽が鳴るようだ。ボートを撫でる水音以外は、一切が陽光の中に溶けてしまった。波に揺れる、俺の体。小さな俺の、ゴムボート。オールを握る。水の手応え。どこに向かって? 太陽。俺を弄ぶ。太陽。
 夏が好きだ。俺は、夏の中で、死ねるんだろうか。
 太陽神は、何処に行っても男だが、俺にとっちゃ夏の太陽は、いい女みたいな存在だ。こうして一対一でいると、よく分る。
 じりじりと、俺を焼く。彼女は笑って俺を焼き、俺が手を伸ばすと、届かない。高笑いが聞こえるようだ。俺は腹の底から彼女を物にしたいと望む。彼女は指先で俺と戯れる。
 彼女が疎いと、彼女が憎いと、雲を投げつけて帰れと怒鳴ると、俺の前から姿を消すこともあるだろう。そのくせしばらく顔を見ないと、俺は堪らなく彼女が欲しくなる。
 裸になれば汗すら心地良い。俺は汗だくになって彼女を求め、彼女は俺に汗をかかせる。照りつける。俺の肌を焼く。俺の血をたぎらせる。俺の体温を高める。俺をへとへとにさせる。お前は笑う。眩しすぎて目が開けられない。お前の温度を感じる。お前の熱の高まりを。
 あああ。太陽。俺はお前が欲しい。俺はお前の物だ。俺を焼いてくれ。俺を受け取ってくれ。お前を俺の物にすることなど、できはしない。お前は空の真中で、そんな小さななりをして、その癖ここらの星の中じゃ一番でかいんだから。そんなお前が好きだ。俺を焼いてくれ。お前の物にしちまってくれ。お前と一緒になりたいんだ。俺をお前の中に入れさせてくれ。気持ちよく、なれるぜ。苦しいのはちょっとだけだ。苦しむのは俺だけだ。お前は、俺を、焼いてくれればいい。
 地面の事なんか、お前は気にしないでいい。ここもあそこも、たいした違いはない。何も見えず、誰にも頼れず、何処へもたどり着かず、独り、さすらう。たいした違いはない。ただ、人間共が俺達の間を邪魔するか、しないか、それだけの違い。もう、やつらには、うんざりなんだ。
 意識が遠くなるようだ。直射光、飲む水はなし。こいつはいい。大して苦しまずに、お前の所に行けそうだ。太陽。お前は、俺を、焼いてくれればいい。

 あれは、陸地? 太陽、今のは嘘だ。俺は漕がなきゃならない。



Copyright © 2006 藤田岩巻 / 編集: 短編