第47期 #20

旋回

 海岸線を走る。ひた走る。風が吹く。頬撫でる。オープンカーとはいかないけれど。
 小雨の中FMを聴きながら、海を横目に見ながら時折お茶も飲みながら、約束を思い出す。潮干狩りに行こう、今が時期だからね。数日前に自分で言ったくせにちっともきちんとした計画を立てようとしないから、私が下見に行く事にしたんだった。海は穏かで、遠く沖に一隻、船が揺蕩っている。
 FMから流れるポップスはがちゃがちゃとやかましくて、何を歌っているのかわからない。対向車のデコトラも騒々しい。もうさっきから何台の冷凍車が私の右を通り過ぎたか。ぺちゃんと潰されてしまいそうなデコトラの圧力。いっそ潰してくれればいい。奇跡的にスポーツカーのように変形を遂げて、ありふれすぎにありふれたセダンがこの海にマッチするかもしれない。本当はビクついているのだけれど、そんな風に考えないと車の一つも運転なんて出来やしなくなっているのだけれど。
 約束なんてしてしまうから、だ。約束の朝に私はあなたの大好物だったフレンチトーストを二枚焼いた。食塩を微量にまぶし、グァテマラ産だのコロンビア産だののストレートで、苦味の強いユーロスタイルを嗜みながら読めない経済新聞片手に、ああ、いけないいけない、堤防にまたこすりそうになったわ、そうそう、そうやって美味しそうにほうばっていた。今思えば憎らしいわ。あのフレンチトーストはせいぜい72点がいいところなのに、出てきた言葉が潮干狩りだなんて。
 まだ外は明るい。明るいが、生憎の天気のせいで太陽はその影さえ行方知れずだ。この広く、白く、長く、重い空に、その姿を捉えるのは容易じゃない。ちょっとちょっと、危ないじゃないの、何考えてんのよ今のワンボックス。カーブだってこと頭に入れておきなさいよ、私まで死んだらどう責任とってくれるのよ、もう。あ、でも私も今上向いてたから一概に相手のせいにはできないわね。
 FMの耳障りなポップスが緩やかなクラッシックになって、5時間が過ぎた。競艇で言えば1マークどころか2マークも回って、3周以上走っている。ぐるぐるぐるぐる旋回している。思考も時間も放つ言葉も、脳裏に浮かぶ約束の日のフレンチトーストも、ぐるぐる、ぐるぐる、と。スタートは抜群だったのにこれじゃあ転覆なんかと変わらないわ。なんならフライングしてたのかしら。
 お茶が切れたみたい。窓からポイ捨てごめんなさい。さようなら。



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