第47期 #19

ずんずんずん

<今日も私はずんずん歩いた。昨日もずんずん行ったし、明日もずんずん走るつもりでいる。私ってばずんずん、ずんずん、ずんずんなのよ>

「この文章だけを、毎日ブログに書いてくれないか。そういう実験なんだ。キーボードを叩くのが面倒だったらコピーペーストを使ってもいい。古田さん、頼むよ」

「なに、それ。毎日同じこと書くの? なんか頭おかしそうじゃない? ま、いいけどさ。これって役にたつの?」

「ああ。少なくとも俺の研究には大事なんだ。古田さん、お願いだよ」

「わかったってば。毎日書けばいいのね? でもあんたさあ、久しぶりに会ったのに強引じゃない?」

「すまん」

「いつまで?」

「わからない」

「このアドレスでいいのね?」

古田智子は大学時代の友人に協力することにした。指定されたアドレスに日記を開設し、早速<今日も私はずんずん歩い……>と打ち込む。研究の意図はわからないけれど個人情報は書いていないので気楽だった。その翌日も次の日も忘れずに続け、やがて一ヶ月が過ぎた。その間に友人から連絡はない。

(勝手なひと!)

古田は一度電話してみたが繋がらなかった。送ったメールも届かない。

(このずんずん日記、どうしよう?)

古田は迷ったけれど続けることにした。続けた理由の一つは「ずんずん日記」に読者がいることをアクセス解析ツールで知ったからだ。数は少ないが自分を除く二人の人間が「ずんずん日記」を毎日開いていた。ときには10人以上のアクセスの日もある。

(毎日おんなじことしか書いてないのにどうしてこんな日記読むの?)

三ヶ月が過ぎ、一年たった。古田自身は勤め先で事務をこなし、仕事が終わると誰彼に誘われて飲みにでる。その生活はここ数年変わらなかったが、どんなに酔いが回ろうとも、男の部屋に泊まる日も、携帯電話から「ずんずん日記」を更新することは忘れなかった。

四年目のある日、古田は富山県の山で遭難した。富山は庭だから、と男の誘いにのったわけだが彼は全くの方向音痴ときて、二人して山に置き去りにされた。携帯電話に電波が入らない。男は泣きそうだったが古田は「ずんずん日記」が更新できないことしか考えていなかった。

「ごめん、智子さんどうしようか」
「ずんずん行くしかない」
「どこへ」
「どこへでも。ずんずん走るのよ。私はいつもそうしてきたんだから」

まもなく道路に出て無事に帰りついた二人は結婚した。古田は今はもう「ずんずん日記」をつけていない。



Copyright © 2006 宇加谷 研一郎 / 編集: 短編