第47期 #2

白くなっていく

リノリウムの床は真夏だからそこだけ冷えていて、彼女は思わず手の平でなでてしまったが汚いと思ってすぐにズボンで拭いた。しかし白く輝くグラウンドで熱せられた空気が廊下にまた入ってきて、彼女はまた反射的に手をリノリウムで冷やしてしまった。
時代遅れのフェミニズムなのか、この学校は男子は勿論女子も制服がズボンと決まっていた。彼女が入学前に感じた感慨が「てことはスカートの制服を着ることはもうコスプレ以外ないのか」という一般的な女子と全く一緒だったともいえない。彼女は自分の容姿には別に自信はなかったが実は自分の足の形の美しさを密かに自慢にしていたのだった。誰かに直接自慢することでもなかったのだが。だからもちろんどうってこともなく、受験勉強前にそのことに思い当たっても彼女はあえて志望校を変えてようともしなかった。勿論、無意味だと知っていたからだ。しかし余りはっきりとしない決意、学校生活は主に勉強に捧げて文科系女子キャラとして生きるのだ、という指針が入学前にぼんやり浮かんだ。まあ今現在は足が蒸れて気持ち悪いのをうらみに思っているくらいでそんなことは忘れていたけれど。
四回ぐらい床を触ってズボンで拭いてを繰り返してそれじゃあいっそ腕を組んでおいてやろうと思って大げさに胸の前に腕を組んでいたら、先に二者面談が終わった男子生徒が教室から出てきて気まずい思いをした。「三浦君どう成績」だからこれは照れ隠し。「どうって・・英語が史上最低」三浦君は苦笑いしたように見えた。「あらごめんなさい廊下にイス出しておくの忘れてたわ。」と先生。

部室に戻って絵を描いていたら、「どうだった、二者面。」ともう一人しかいない美術部員に話しかけられた。どうって「成績は普通。」「いつもどうり平均以上は余裕でなんでしょつまんない。将来の夢とか聞かれないの?」彼女は窓から見える風景画を水彩で描いていた。単にめんどくさかったからだ。「ううん。文化祭の話とかばっかりだったけど。」地平線を見渡してみると幹線道路の集中しているあたりがかすかに煙って見える。そのあたりから朝は一つもなかった雲が一つ生まれていた。「へー、ていうか夢とかある?」「ふーん。」「別にいいけど。」「あれよ、普通に食べるのに困らなくて適当に楽な生活が夢かも。」「食うのに困らないのは当たり前じゃん。」雲はどんどん大きくなっていってそのうちキャンバスからはみ出した。



Copyright © 2006 藤舟 / 編集: 短編