第47期 #1
電池切れかけの携帯が正しく動いてくれているなら、こうなってから丸一日が経つ。
火曜の夕暮れ帰り道、いつもの角を曲がった所で小さな瓶を見つけた。色のない硝子で出来ていて、香水でも入れるような形にカットしてあるエレガントな瓶。私は思わず拾い上げて、ついつい蓋を開けてみた。
そしたらいきなり風景が歪んで空が遠くなって空き缶が大きくなって、気付けば私の身体はすっぽり硝子瓶に収まっていたのだ。しかも都合良く蓋までされて。
それから一晩をやるせなく過ごし、通勤サラリーマンを眺めたり猫と睨めっこをしながら時間を潰してきたけど一向に事態は改善しない。硝子は固いし蓋は重いし私のお腹は減るばかり。喉も乾いた。今日もまぶしい夕焼けは、知らん顔してゆらゆら揺れている。
どういう事ですかこれは。試練?何の?
そんな不毛な考えを巡らせていたら、曲がり角から彼が現れた。
ああ、これだ。このための試練だったのだ。私はひもじさも忘れて硝子瓶に感謝した。彼が私を救い出してくれるのね。丁度良くだれた感じのいい男。私の愛の救世主。
しかし当の彼はなかなか私に気付かない。私が転がる電信柱には目もくれず、車通りなんか観察しちゃって気に入らない。こっちはあなたに一目惚れしちゃったのに。
ねえ気付いて、私はここよ。あなたの私は足元にいるのよ。
早く気付いてちょうだいよ。
通り過ぎてちゃ駄目じゃない。
愛の印を見落とさないで。
ていうか無視すんな!
切れ気味に壁を蹴り飛ばしたら上手いこと瓶が倒れてついでに栓も抜けて私は脱出に成功、その勢いで彼の胸ぐらをつかんで難癖をつけた。ついでに手も握ってやった。
という事件をきっかけに結婚までこぎつけた私達。けど、硝子瓶の話について彼は一向に信じる気配を見せない。男がロマンチストなんて嘘だ。
だから私は例の瓶をまだ隠し持っている。次また疑ったら、今度は彼を閉じ込めてやるのだ。ロマンをその身で思い知れ。