第47期 #17
瓶詰めにされていた二つの目は、朝のまだ冷たい海に放たれ、しばらく波打ち際で砂や小石と戯れていたが、やがて離岸流につかまり沖へと繰り出す。海は穏やかで波は低く、二つの目は寄り添うように競うように陸から遠ざかる。
糸くずのような視神経は二つの目を繋げてはいない。目はそれぞれで自由に遊び、揺らぎ、漂っているのだが、互いの姿が見える距離を保っている。
朝日が昇り始める。潮は日の昇る方角に流れている。船が目の北側、遥か向こうをゆっくりと渡り、やがて小さくなりその姿を消す。遠い船がどの程度の大きさだったのか、目にはわからない。知るすべもない。空は青く、僅かばかりの雲が西の空を彩っている。
二つの目は海の上で楽しそうに回転する。東を向いていたはずの目はふと空を見上げ、遠く離れた陸の方角を望んだあと、深い海に魅入り、その青に恐怖し、また昇りかけの太陽を網膜に焼きつける。一つが回転して止まる。すると今度はもう一つが回り始める。繰り返し繰り返し、目は気の済むまで回り続ける。くるくると遊び続ける。二つの目は、ここには自分達しかいないことを知っている。
何日も漂う。目は遊びにも飽きて、今はただ流されていく先を見つめている。陽が何度も網膜を焼く。何もない日々を何もなく過ごす。やがて仄かに陸が恋しくなってきたころ、ほんの僅かな位置の違いにより、今まで一緒に旅を続けてきた二つは一つずつになる。一つはそのまま朝日が昇る方角に向かい、もう一つは対流が作る渦にのみ込まれる。渦から吐き出されたとき、もう一つは、朝日よりも少しだけ南の方角に向かうことになった。
少しずつ互いが離れていくことを知り、まさしく自分の半身を失うことを知り、目は悲しいような寂しいような、それでいてどこか晴れやかな気持ちにもなる。変わることのなかった日常が変わる。しかし、それで良いのだろうと思う自分がいる。漂っていた長い時間の中で、いつかくるだろうと覚悟し、そして期待もしていたことを、二つの目は自然と受け入れた。
いずれ目は腐るか、溶けるか、あるいは魚の餌になるだろう。何もない海だから、それは避けられないことだ。
できれば魚に食われるのが良いな、と二つの目は同じことを考える。迫りくる魚の口を見つめながら最期を迎える。想像したそれは、まるで古臭いホラー映画のワンシーンのようで、目はうっとりと愉悦の色を滲ませた。