第47期 #16

打擲

 あっ! 痛いなあ……。
 目から盛大に火花が出た。何かに思い切り頭をぶっつけたらしい。いや、何かに叩かれたみたいでもあるな。
 一体何だ。頭だよ。……それはわかっている。何かから這い出して、頭をぶっつけたのか? 待てよ……待てよ、確か自分は……そうだった、母の胎内に戻ったのだった。その後、細胞合体を繰り返して、卵巣の中へ埋没した。それがなぜ、どこかから、又出てこなくてはならないんだ。

 何か、やわらかい穴だったな。膣みたいな。いやいや、それは子宮にたどり着いたときの記憶じゃないか。子宮に吸い込まれていく、あの記憶と混同しているのではないか。あの、安堵感とやすらぎ……。子宮に収まって、羊水に浮かんだときの、あの幸福感。上方から響いてくる母の心音は天上の音楽だったな。何かこんがらかっているのか。しかし、やわらかい圧迫を経て、何かにいきなり叩かれた。

 何かが見える。……ということは、目はあるってことか。
あの女の子、どこかで見たことがある。母の小さい頃の写真だ。しかし、母がこんな粗末な着物を着ていたとは。それに、電灯もない。
 それは、祖母の幼いときなのだった。痛っ! また……痛ああ。これは……だれかがひっぱたいているのだ。

 いろりに掛けられた鉄鍋の中では、蕎麦と芋と菜っ葉が煮込まれていた。それがお椀に取り分けられ、幼い祖母に渡された。老いた祖母は蕎麦を嫌っていて決して食べなかったが、幼い祖母は大きな箸を右手に握って食べていた。祖母の祖母と、両親と、姉弟たちと一緒に、幼い祖母は、いろりのまわりに座っていた。真っ黒にすすけた柱の間を、青みを帯びた煙が上がっていった。

 痛い! まただよ。痛……。
 そうか……わたしにはやっと打擲の意味がわかった。
父母未生以前の自己……その存在を悟れということなのだ。



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