第46期 #14
『お前ってさ、どこか可愛いじゃん。結構モテるんじゃないの?』
何かの話の折に奴に言われた一言は、嬉しくなんかなかった。奴は俺のことを知り合いの一人くらいにしか思っていないということを思い知らされたからである。俺の方は奴に気に入られたくて必死になっているというのに。
いつでも奴の傍に居たい。奴から醸し出される安らぐ感じがもっと欲しい。
今日も俺は奴に張りついて、奴の好みを探り出そうと画策している。安らぐ感じが欲しくてあくせくしているのはどこか矛盾しているが、それでも俺は求めずにはいられない。それなのに、奴は俺のことを何とも思ってくれていない。俺なんか奴の言葉を反芻するくらいに奴のことを気にしているのに。
『お前ってさ、どこか可愛いじゃん。結構モテるんじゃないの?』
モテてもモテなくてもどうでも良い。俺は奴だけに気に入られればそれだけで良いのだから。
可愛くても可愛くなくても…、あれ?
俺のこと、可愛いと思ってくれているのか?
急に嬉しくなってきた。たった一言でも奴が俺のことをポジティブなイメージで言ってくれたことが、俺を舞い上がらせた。
もっと可愛くなれば、奴も俺のことを気に入ってくれるかな。
ならば…。
丈の短いデニムジャケットとピンクのタンクトップに、ちょっとフレアなデニムスカートとボーダーのスパッツの組み合わせ。全体的にはアクティブだけど、ところどころでアピールしている。
奴が俺のことを見てくれるのならば、俺は何でもする。いや、その保証がなくても可能性があるのであれば、やはり俺は何でもする。例えそれが世間一般には認められないことであっても。
俺の行動は素早かった。早くしなければいつか奴を他の誰かに取られてしまう。迷っている時間も、後ろめたさを感じている時間も俺にはない。そんな時間は、すべてより可愛く見えるようにするために費やされた。
そして俺は奴の前に出る。緊張に胸が高鳴る。しかしそれを表に出してはすべてが台無しになる。ゆっくりと小股に歩いて、表情が強張らないように微笑を浮かべて、俺はそれを覆い隠した。
「お前…」
奴は絶句した。
「どう?」
俺は小首を傾げて笑って見せた。この一瞬が勝負どころ。奴の次の一言が勝負の分かれ目。今になって、俺は奴が笑ってくれるのかと怖くなってきた。奴の僅かな表情の変化が見えるほどに、一瞬が長い。
「お前、面白いよ」
そして奴は苦笑いをした。