第46期 #11

例えばあるものをないとして

例えばだ。君が選ばれたものだけの乗る箱舟に乗っていたとして、その中の猿だったする。猿は当然木から垂れ下がる。だが、箱舟の中には木はないとするから君はノアを探す、やつがいれば何とかなると君は思っているからだ。だがそれはトリックであると思う、君はだって君でそれ以外のものじゃないということを考えると、君以外に生き物はいない。というかこの箱舟自体空っぽかもしれないじゃないか。君は独りだ。とするとどうするだろう、移動。とてもそれはできるような体じゃなくなっていたんだ、君の体にはすでに蛆虫がたかっていた。蛆虫はすごく邪魔で君はあくびをするだろう、走ることを再び考えるかもしれない。だがそれは走るという妄想だけで、結局何もしないんだ。君は箱舟の窓から外を眺める。外は青い、海だ。それを歩くのだ。君は海面に毛だらけの足を置くとする。だがその毛だらけの脚が沈んでしまう。君の体は沈んでいく。珊瑚だ。君の眼球は珊瑚を映し出して光った。君は珊瑚を食べたいんだ。そして珊瑚に手を伸ばしそれをもぎ取る、だがそこで、海中を泳ぐ魚と目があった君は少し立ちどまって自分が何なのか考えている。そして困る。君は君じゃなくなる。君は視界をそっと海中に分散させていく。海に流れる全てのものが君の目に入ってくる、だがそれは目じゃない。君の存在はすでに焼失してしまっている。何をするのも厄介になる。君は泣いてみる。だがん不思議と涙はこぼれない。だって君は君じゃないからだ。
 君は魚になって海を泳ぐ、そして海草をしゃぶりあげる。君はもうどうすることもできず、ただ固まった海草を見てあざ笑う。だが思う。俺もそれは同じなんじゃないだろうか、と。それもそうだ。君は実は泣いている。君の中の不気味なものが鎌首をもたげそうなんだろう、それは船を破壊して俺以外の生き物を全て焼却してしまうという世間一般では独り善がりだと考えられている概念だ。だがそれを進めることにより君の中に奇妙な温かみというか、心地よさが流れる。それは体を包んで黄身は流されていく。大洋を君は否定した。ので、君はどこかへ連れ去られて置いてきぼりにされるのが落ちだろう。だが君は気持ちいい。層に決まっている、気持ちいい。 やしのみが君の頭にあたったとしても君は何も感じなかった。
 そして君は笑っていた。
 椰子の汁が君の体に付着する。君はそれをふき取った。



Copyright © 2006 森栖流鐘 / 編集: 短編