第45期 #22
枯れた夜空だと思う。
湿り気がある夜気を肌で感じていても、空は確かに枯れている。暗がりを歩いているとそんな気配をひしひしと感じてしまう。
もうどれだけ歩いただろう。靴底は随分擦り減ってしまっている。辺りは背の低い雑草や掃除道具が入ってるような小さな倉庫しか見えない。枯れた夜空の下なのだから、暗闇の中の倉庫はきっと錆付いているだろう。
ポケットの中から草鞋を取り出す。ボロボロの草鞋はくたびれきっている私の足に、しっくりとはまる。あまりにもしっくりとはまるので、少しだけ泣きそうになった。靴とはそこでバイバイ。地球に優しくなくても、そっとお礼を言った私は、多分靴には感謝されるかもしれない。白と黒のシンプルなスポーツシューズ。四九八〇円。そう思うと、靴との思い出でまた泣きそうになった。
夜気はますます湿り気を帯び、夜空との確執を強めている。
どこかで犬の遠吠えが聞こえてきた時、私はその場に座り込んだ。疲れていたのもそうだけど、小学校の先生に怒られている気がしたから、歩いていることに後ろめたくなった。寄りかかる場所も人も何もなく、仕方なく自分で自分を抱えて、おやますわりをしながら周りを見渡してみる。それで淋しいことに気が付くと、怖いことに気が付いた。そうして初めて夜が暗いことに気が付いた。
夜が暗いことは知っていたけど、淋しくて怖いからだとは、全然知らなかった。もっとマシュマロみたいにふわっとしていて、埋もれていくような、それが夜の暗さだと思って今まで生きてきたのに。
風がのろのろと吹いて、月明かりに浮かび上がる厚い雲はめんどくさそうに動いている。
私は、夜の暗さを知らなかった私を思い、また泣きそうになった。
再び立って歩き出す。お尻が痛くなって、だから地面も圧迫されていただろうから、ぱんぱんとお尻をはたいて歩き出した。地面の温もりが、ひんやりと私のお尻に余韻を残している。後ろめたさはもうない。
なんで歩かなきゃならないのかな。
ついに普通の疑問を抱いた。待ちくたびれた私と、できればその思いを避けたかった私が、奇妙な具合で意気投合している。
帰らなきゃ。でもどこへ? わからない、でも止まっていてもしょうがないもの。そうね。たしかにそうね。
歩くと淋しくも怖くもなかった。ただ濃紺の世界が広がっているだけだった。安堵した私は少しだけ泣いて、いつまでもこの三千世界を歩きたくなった。