第45期 #20

生霊たちの会話

相互関係を証明しないとここからは出られない。
「自由の牢獄という話を知っている?」どこかにある分厚い本にあなたの権利は全て書かれています「最初に、男は神を冒涜し完全な自由を獲得した」つまりあなたの権利は全てなのですこれは実に喜ばしいことです。「しかしそのとき男は何も選べなくなっていることに気付いた」だから勿論あなたには何も喋らない権利があり、「無数の扉があり無限の可能性があって男は何も選ぶことが出来ない」ここから出て行く権利もあります。「そのまま男は老い、やがてそこが牢獄だったことに気付く」そして自由に飲み、食い、人生を楽しむ権利がある。「・・・・・・」実際の所あなたには全ての権利があり、自由を謳歌することが出来るのです。「実の所私には男がなぜ選べなくなったのかつい最近までわからなかった」
しかし当然のことだがあなたが何も喋らないのならここから出ることは出来ません。勿論あなたには権利があるから喋らないことも出て行くことも出来ますこれは実に素晴らしいことだと思います。しかし出て行きたければあなたは喋らなくてはいけません。「自由は必然ということだったのかもしれない」これはドアの向こうにいくことと残ることを同時に選べないのと同じことなのです。「私には扉を選べる気がしてたんだけど」
喋らなければ出て行けない、出て行けなければ何も飲めない何も食べられない。
何も食べられなければ生きていくことは出来ません。

タバコの臭いの染み付いた場末のせせこましい取調室で。警官と被疑者は相手が喋り終わるのを律儀に待って喋りだすのだが、待っているだけで聞いているわけではないのか、2人の話は全くかみ合っていない。警官は何時でもクリーニングしたてに見える青い制服を着、女はなぜか囚人服のようなものを身に着けていた。警官は彫の深い精悍な顔に少しだけ目立たない老いを背負っているようでもあり、しかし目はそれを感じさせずにぴったりと女を見ていた。うがった見方をするとどこか職業的義務的な感じは否めなかったのだが。それに対して女は確信犯的な放心に身を任せていて、目はまるで何も見ていないようでもあった。
彼らは肉体の中にありながら肉体から精神の離れてしまった中途半端な生霊たちだった。
しかしいらない世話を焼くのはやめておいた方がいい。誰だって話がかみ合っていない内が一番幸福なのだから。



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