第45期 #17

君の知らない、君の肖像

僕は知っている。
誰も知らない君を。
だって、こんなにも君を愛しているから。
全てを知りたいと思うのは自然だろう?
君自身ですら知らない君を、僕だけが知っているんだ。
素晴らしいじゃないか。
君の仕草一つが、僕を魅せる。
君に見つめられるたびに、心が疼く。
笑顔を見ればほら、こんなにも僕は幸せになれるんだ。

「お父さん」

ああ、なんて愛らしい声なんだ。
きっと、この世の誰もが君の声に耳を傾けるだろう。

「お父さん」

そうだよ。
ああ、そうだよ。
僕が君のお父さんだ。
君さえいれば、僕は何も要らない。
それほど君が愛おしいんだ。
どこにも行かないでおくれ。
僕だけを見ていておくれ。
僕の愛おしい娘よ。
僕だけの君であっておくれ。
ずっと僕だけの──。

広い部屋の片隅に一枚の絵画が飾られている。
一人の画家が、死のその瞬間まで描き続けたとされる遺作。
生まれてくるはずだった娘を描いた、空想の肖像画。
額に収められた少女は、まるで天使のように微笑んでいた。



Copyright © 2006 神倉 彼方 / 編集: 短編