第45期 #16

KARE

今、一人のオトコが私のベッドに横たわっている。名前も、年齢も、住んでいるところもわからない。会社から帰ってきたら、すでにベッドの上にいたのだ。思い当たる節……? なくはない。
二日前のショートメール? たぶん番号を間違えたか適当に打った番号が、たまたま私の携帯の番号にヒットしたのだと思う。
『助けて! 助けて! 助けて! 行くところがないんです。空気みたいに、水みたいに置いてくれるだけでいいんです。どうか助けてください』
これを読んだ私は放ってはおけなかった。住所と電気メーターの上に合鍵があることを書き、村瀬カズミ 25歳でしめくくり、送信。
今更後悔しても遅いが、女性の一人暮らしにはあるまじき行為だった。

目の前にいるオトコは、三十はこえているようにみえる。無邪気な顔で寝息をたてている。
あの時は嫌なことが重なりすぎて、とにかく無性に淋しくて誰かと話がしたい…それだけだった。
仕方なく目の前のオトコを注意深か気に眺めてみる。起きている!?
オトコの目からは涙が流れ落ちていた。
擦り切れたジーパンにTシャツ、髪はロン毛で、どこか雰囲気を持っている。
私は東京に出てきてから、恋愛をしたことがなく、友達も極端に少ない。毎日、会社と自宅の往復だけ。休みの日は、お昼過ぎに起きて、テレビをつけてぼーっとしている。
淋しさには慣れたと、自分では思っていた。けれど変な話だが、こいつを見ていると段々と愛しく思えてくる。
おそるおそるオトコの髪を撫でてみる。
私の心は揺れ動く。なぜだろう。まったく知らない人なのに。
私自身、信じられない行動にでた。
下着姿になった私は、オトコの体に密着するように滑り込み、添い寝の格好になっていた。
素肌にオトコの体温が伝わるのが、はっきりとわかった。この安心感はなんだろう。
そして、ゆっくりと眠りに落ちていくのが、自分でもわかった。

私は、部屋の暑さで目をさました。オトコはいなくなっていて、テーブルには手紙が置いてある。

『すごく癒されました。
 もう大丈夫です。
 ありがとう。
 さよなら』

私は泣いた。彼氏と別れた時より泣いたと思う。
会いたい、もう一度会いたい。
私は、先日きたショートメールの番号に電話をしたが…『お客さまのおかけになった・・・』
本当のさよならだ。

けだるい日曜日の朝、私は目を閉じて昨夜の出来事を回想していた。



Copyright © 2006 心水 遼 / 編集: 短編