第45期 #14

見えない舞台

 幕が上がり、客席の明かりが消えると、何も見えない舞台に、舞台に向かって右手から左手へ向かって、コツ、コツ、という規則正しい音が移動する。それは舞台左端まで来ると、コツ、コツ、と奏で続けたまま、そこで止まる。そしてそれは、舞台手前から奥へ、奥から手前へと往復を始め、それを続ける。
 舞台右端で、カッ、カカッ、という規則正しい音が鳴り始める。それは、コツ、コツ、という音が舞台中央(縦)を経て手前に向かって動き出す時に、舞台奥に向かって動きを開始する。舞台の左端と右端で、ある時は手前と奥に、ある時は奥と手前に、そしてある時は中央で一緒に、コツ、コツ、カッ、カカッ、という規則正しい音が鳴る。
 コツ、コツ、カッ、カカッ、が舞台中央(縦)で揃う何度目かの時に、舞台中央(横)奥で、オッオッオ、オッオッオ、という音が規則正しく鳴り始める。コツ、コツ、カッ、カカッ、が舞台中央(縦)で揃う時をそれから何度か経過した後のその時、今度は舞台中央(横)手前で、アーアーアー、という音が規則正しく鳴り始める。
 と、舞台中央(横)の中央(縦)で、一度だけ音が木霊する。すると舞台から、暗闇が張り詰めさせていた空気の中に、濃く濁った筋が幾本かやって来る。それはじわじわと客席の中を進み、やがて場内を満たしてしまう。その頃には、客席の至る所で、ンッ、という音が不規則に鳴っている。

 コツ、カッ、オッオッオ、ンッ、アーアーアー、ンッ、コツ、カカッ、オッオッオ、アーアーアー、
 カッ、オッオッオ、アーアーアー、コツ、ンッ、カカッ、オッオッオ、アーアーアー、コツ、ンッ、
 オッオッオ、アーアーアー、コツ、カカッ、ンッ、オッオッオ、ンッ、アーアーアー、コツ、カッ、
 アーアーアー、ンッ、コツ、カカッ、オッオッオ、アーアーアー、コツ、カッ、ンッ、オッオッオ、

 濁りが引き、不規則な音が引いた頃、突然、同じ時に、すべての音源が停止し、残響も一瞬で融け、静寂が、忽然とそこに出現する。
 しじま。
 舞台に明かりが点る。装置も何もない舞台に立つ、たった一人の老人が露わになる。老人は満面の笑みで舞台手前へ進み出ると、仰々しく頭を垂れる。習いとして拍手が起こる。老人が去り、幕が下りる。
 客席の明かりが点り、各々席を離れて行く。残ってアンケート用紙に感想を書き込む者もいる。最早観客ではない彼らの日常は始まっている。



Copyright © 2006 三浦 / 編集: 短編