第45期 #12
叙述の約束事の中に、前に書いたことは後に書いたことより、時間的に早いということがある。特に断らない限りそういうことになる。このことは、単に起こった順に書いているのであって、時間を意識している訳ではないのだが、時間の流れが文章の中に入り込んでいる例なのである。あるいは時間が明示的になった、一つの事例だった。今物語っているこの物語は、この前提が崩れていて、起こった順に書くと、時間の流れが逆転してしまうのだった。
今回のみ、常識的な約束事によってこの話を書くのは、つまり起こった順に書くのは、この物語では前提が異なっていることを、理解して欲しいためである。ただし意識は無時間であるから、私のこの独白には、この前提が無視されるのだった。ここで私が語りたいのは、一つの謎めいた記憶だった。闇の虚空のような記憶の中に、一つの白い箱が置かれていて、私はその箱を思い出すと、深い悲しみを感じた。私はその悲しみの意味が、分かる「時」に到ったのだった。
私は母とともにその場から立ち去った。婦人はうなずくと涙をぬぐった。私は「泣いちゃだめ」と婦人に言ったのだった。婦人は涙を流し、私を強く抱きしめた。その婦人は私に「おいで」と、優しく言った。私たちの近くに座った婦人がだれか、私にはわかっているのだった。私は両手を合わせた。母は私に手を合わせなさいと、仕草で示したから。私は母の横に座り、私は母とともに進み出た。部屋の中には喪服を着た、たくさんの人が座っていた。記憶の中の白い箱は、花や写真や提灯などに飾られていたが、ただ箱だけを覚えていたのだった。開け放たれたふすま障子の向こう、床の間の前に、白い箱を認めた。私は母に手を引かれて玄関から入り口の間に上がった。
あの白い箱の中に横たわっていたであろう人と、また会えるという喜びに、私の心は満たされていた。私は再び、あの人にお会いできるのだ。あの方に、再び。