第45期 #11

今際の際で

私は両親に授かった自分の名前をひどく気に入っていた。中性的でそれでいて目立たない。人に見つかることを怖れる私には丁度いい名前だった。祖母からは「アンタはどちらへ傾いても駄目な子だから。人の振りを見て真ん中を歩きなさい」と言われてきた。言わずもがなその通りに生きている。
私は生まれながらにして他人と違っていた。道徳で容認できるような違いではなく、もはや生き物としての間違いと言っていいほど、私は人間と違っていた。だから私は名前を愛する代わりに、この身体を虐待している。
「また、キズが増えたね……」
そんな私を心配する友が居る。日に隠れ生きていても、隠せない日常がある。彼女とは高校で知り合った。眼鏡をかけて、まるで聖母のような目で私を見るのだ。そんな眼差しで「保健室はどこかしら?」なんて聞くものだから、私は彼女を保健室へと連行せざるを得なくなり、妙な縁が生まれてしまった。魔が差したとしか思えない。
おかげで、生まれて始めて、学校の授業をサボってしまった。

やがて、出会って二年の月日が過ぎる。あの日生まれた縁は彼女の死を以って終わりを告げる。今日が彼女の命日。生涯の絶壁。この眼には人の寿命が見えるのだ。
校門のところで忘れ物が有ると言い、彼女は学校へと戻った。これが今生の別れ。大切なものを失くして、私はまた、隠れながら生きていく。
「……大切な、者?」
それはおよそ私などが持ちえる筈の無いものだ。ヒトの価値を見出せない私にそんな美徳は見合わない。では何故か。
その不安が気になって、私は彼女の後を追うことにした。

―――屋上まで探索してやっと、彼女の姿を見つけた。彼女は手に持った封筒を足元の、揃えられた上履きの上に載せるところだった。徐に彼女は落下防止の柵を越え、建物の絶壁へと足をかける。何をするかなんて明白だ。
ああ、また死ぬのか。
扉を開けて、最後にその死に様を見届けようと思った。
「私はね、ヒトを助けられたら、と思ったの」風の中に。
「ねぇ神様、どうして私たちはこんなに惨めなの?」懺悔を。
「さっき毒を飲みました。だけどもう、わたしは、……」告げて。
十字架のような姿勢で、空の方へ、彼女は飛んだ。
それを、悪魔が捕まえた。
「私も、アナタを、助けたいと思った!」
そうか。何故もなにも無い。君と出会った時点で、私は既に傾いていたのだ。
そのあと、彼女と日が沈むまで語り合った。
程なくして彼女は死んだ。私は泣いた。



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