第45期 #10

足跡・オン・ザ・ライン

 急にできた暇を持て余し、俺は気まぐれで近所の海岸まで来た。泳ぐには早い季節だし、空は曇っている。人の姿は見当たらない。俺は波打ち際まで歩いた。引き潮だ。海の様子からしてもう干潮が近い。海水と砂の境目、波打ち際には延々と、濡れた砂のラインができている。俺はラインに沿って歩き出した。
 砂浜に流れ着いたごみは多い。足跡はたくさんあるが、波打ち際から十メートルくらいはほとんどついていない。ついている足跡は、潮が引き始めてから、ここへ俺が来る前にやってきた誰かのものだ。後ろを振り返ってみる。俺の足跡は何とかラインの上に残っていた。少しふらふらしている、24センチのスニーカーの足跡が続く。

 また足跡を見つけた。しかし、その足跡はおかしい。足跡の主は海から出てきたのか、波打ち際の濡れた砂のライン上に足跡の始まりがある。そしてそのままそのライン上に続く。波打ち際を延々と続くいていた。俺は、その足跡を追うようにして、またふらふらと歩き出す。
 足跡はずっと波打ち際を歩いている。潮はまだ引き続けている。もうずいぶん歩いてきた。それでもまだ、足跡はある。波打ち際のずっと向こうまで目を凝らしても、そんな人影はない。どう考えてもおかしい。濡れた砂の上に、波に消されることもなく、足跡がある。本当はもっと早くにおかしいと思ってもよかった。それでも特に疑わずにこうして歩いていたのは。――気まぐれとしか言いようがなかった。

 そのうち波打ち際の、ライン上に白いものが置いてあった。白い帽子と、その下から、砂浜を歩くには相応しくないヒールのあるサンダルが顔を見せていた。足跡は終わっている。端が波に濡れている帽子を見下ろす。
 俺はため息をついて、ぼんやりと海を見た。何も浮いていない海はどうしようもなく殺風景だ。強くない風が小さな波ばかりを浜辺に寄越す。
 そのとき、さく、と音がした。何の音なのか分からなかった。最初はただの、自然発生した音だと思った。しかしすぐに、それが砂を踏みしめる音だと気付いた。辺りを見回す。誰もいなかった。ただ、俺のまだ歩いていない向こう側から、裸足の足跡がこちらに向かって連なっていた。濡れた砂だから、裸足なのが何となく分かった。
 しばらくその足跡を見つめた後、俺はもと来た方向を振り返る。俺の足跡も、謎の足跡も、まるで一緒に歩いたみたいに点々と続いていた。
 海は干潮を迎えた。



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