第45期 #9

破裂防止

破裂防止


男の朝は目玉焼きを作ることから始まる。
耐熱ガラスの器にたまごを割り入れる。
ゼリー状の白身がつるりとすべり落ち、オレンジ色の黄身がかすかに揺れてやがて止まる。
白身の盛り上がり、黄身の張り。
男は満足気に眺めると、持っていた竹串をそっと黄身に刺しては抜くことを繰り返す。
独身時代に電子レンジで作る目玉焼きレシピを見て以来、男はずっとこうやって目玉焼きを作っている。
膜が破れてとろとろと流れ出る黄身を想像しながら、膜を竹串で刺したり抜いたりする時の緊張感。男は軽いめまいを覚え、いつまでも黄身を刺していたいと願う。
「早くしてよ。電子レンジ使いたいんだから」
お弁当の準備を忙しそうにしていた男の妻が、いらだった声で男に言った。
「こうやって黄身に穴をあけないとレンジの中で爆発しちゃうんだよ、たまごは」
「わかってるわよ。でもあたしも忙しいのよ。卵つっついてないで・・シャツにアイロンかけたら?」

突然のボーナスカットで家計が厳しくなり、専業主婦だった男の妻は先月からパートに出ている。慣れない弁当作りも始めて2週間ほどになる。
家事を手伝わない夫に不満なのか、男の妻は常に不機嫌だ。
男は妻に対して申し訳ない気持ちでいっぱいだったが、残業代を稼ぐために毎日夜帰るのが遅い。
それに長年まかせっきりだったものをいきなりこなすのは無理だった。
お互いの理解が必要だとこれまでも何回かけんかをしたが、そのたびに妻は、自分は被害者だと涙を流して男を無能と罵った。
男は目玉焼きを電子レンジから取り出し食パンにのせ、
マヨネーズをかけて食べ始めた。
「もみじたまご、取り寄せもうやめてもいいかしら」
男は妻の後姿を無言で見つめた。
「もうそんなぜいたくできないの、わかってるでしょ」
無能という言葉が男の頭の中をぐるぐると回り始めた。
「30個で1600円もするのよ。」
男の妻が振り返った。冷たい瞳が男を刺すように見つめている。


『いつもあたしがごはんを用意してる』
『いつもあたしが掃除してる』
『あなたは本当何にもしないのね』
『あたしだって働いてるのよ』

「そんなにお前が働くのが偉いのか!」
男はテーブルの上にあった竹串をとっさにつかみ、妻の目の上から力いっぱい振り下ろした。
「ぎゃあああ」
妻の悲鳴がキッチンに響いた。妻の目からとろとろと血があふれ出る。
転げまわる妻の横で男はテーブルにつくと、食べかけのトーストに震える手をのばした。


Copyright © 2006 りうめい / 編集: 短編