第44期 #8
「お父さんがね、何か飼ってるのよ、家の地下室で。」
「飼ってるって何を?」
「だから何かを!」
「でも君ん家の地下室ってお父さんのワインセラーじゃなかったっけ?」
「お父さんはもうお酒をずっと断ってるわ。それにワインのコレクションは友達やら親戚やらに破格の安値で譲ったみたい。お母さん、ワインなんて全然興味なかったのに相場を誰某のお茶友達から聞いてそりゃあ愚図ってたもの。」
「それじゃあ君の生まれ年のワインはどうなったの?」
「そんなの知らないわ。あなたって論点が少しずれてるんじゃない?私はワインセラーのことを話したいんじゃなくて今そこにある何かについてあなたに相談しているの。」
「そのお父さんが飼っている何かについてね?」
「そういうこと。」
「で、一体何を飼っているんだろう、君のお父さんは。」
「きっともの凄くおぞましい何かよ、きっと。」
「どうしてそう思うの?」
「最近行動がおかしいもの。」
「どんな風に?」
「夜中にね、大きくて真っ黒なゴミ袋を車に載せていくの。しばらくしたら帰って来るけどきっとどこか近くの山にでもそれを捨てに行ってるのよ。」
「ふうん。で、君はその地下室を覗いたの?今のその異変を感じてから。」
「お父さんの留守中に行ってみたわ。でも鍵がかかっていて入れなかったの。でもね、」
「でも?」
「そこから臭いがしたの。何て言ったら一番しっくりくるか考えてみたけれど適当な言葉が・・・」
「おぞましい臭い」
「そう!《おぞましい》。それよ!」
「さっき君がそう言ったよ。」
「あれ、そうだっけ。」
「ところで論点を変えてみよう。最近君のお母さんはどうしてる?」
「えっ、お母さんって?」
「傷跡を見るのはまだ怖い?もうすっかり完治しているんだよ。」
「先生!だからっ!!」
「先生じゃなくて《あなた》と呼ぶようにね。」
「・・・・・・」
「それにしても君の生まれ年のワインは一体どこに行ってしまったのだろうね。」