第44期 #25

パラボラアップル

 人は食物を摂取するが、その中には必ず毒が含まれているのだそうだ。
 それは量の大小はあるがどんな食べ物にも必ず存在していて、少しずつ体内に蓄積されていく。どんな酵素もそれを分解することは出来ないし、というよりもそもそもその毒というものは栄養素(主にたんぱく質)を分解・消化する際に身体が「生産」するものらしい。そのように人体は設計されているのだ。
 その毒は微量ではあるが致死性のものであり、それは体内に蓄積され続け、様々な症状を引き起こし、やがてその生物を確実に死に至らしめる。
 人間は毎日、毒を食むことにより生きていくのだ(もちろん毒を体内に入れないことも出来る。それによりその個体はもっと確実で速やかな死を迎えることになる)。
 この毒は地球上の全ての生物が同じようなプロセスで生産する。原始的な生き物に近ければ近いほど、その生産量は少ないらしい。人間はというと、そのサイズから信じられないほどの毒を生産する。全体の生産量に、とても大きな貢献をしているのだ。(そしてその寿命はかなり長いのだった)。
「ねえ、死ぬのは怖くないのかい」
「あたしは怖くないわ」
 女はそう答えた。
 女は良く食べた。女には珍しく甘いものよりも肉を好んだ。ステーキをぎしぎしと切り分けて、次々に口へ運んでいく。
 女は母を殺したのだと語るのだった。語るたび、その殺し方は変わった。
 私は女の母に会ったことがある。女がオーバードーズで病院に運ばれた時だった。
「娘がご迷惑をおかけしまして」
 そう言って深々と頭を下げた。
「助けてやってください。娘を、娘をよろしくお願いいたします」
 女は、ママ、と言った。そしてその場に私が居たことに気づき、とてもばつが悪そうであった。女のその表情は今でも覚えている。(その後も、女は母を殺したことを様々な語り方で語った。女は今も、輝くように美しい)
「りんごが宜しいでしょうね」
 医師は書き物をしながら言った。
「もう食べられるものもあまりありませんし。それでも何か、と言うならやはり果物、それもりんごなら良いでしょうね」
 りんごを持って母の病院へと歩く。
 病室の窓辺は明るく暖かだった。
 母は寝ている。
 私はりんごを切る。
 病院は草原の真ん中にある。誰かに置き忘れられてしまったかのように、緑の中、白く、静かに佇んでいるのだ。
「甘くておいしいね」
 母が言う。
「そうだね。甘くておいしいね」
 私は答える。



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