第44期 #23
くだらない映画を見た。
二流作家が書いた原作に二流脚本家が二流の戯曲を書いて、二流演出家は三流監督だった。愛だ勇気だ希望だ夢だなんて、そんな不確かなモノはバブル期が生んだ亡霊だよ。だからもっとゲンジツ見なさいよって。これ見よがしにわかりきってることを押し付けるけど、自称銀幕スターなんてアンタの方がよっぽどヒゲンジツだ。あたしは憤慨した。スクリーンを燃やしてきた。銀幕スターの顔が歪んで、グラサンマッチョの黒人たちがあたしを取り押さえに来た。真後ろでポップコーンを食べてるちょんまげ野郎の頭を土台にひとっ飛び。あたしは逃げた。
「マチナサーイ、マチナサーイ」
あたしは犬じゃないので。
脈拍が正常に治まった頃、遠くでウ〜ウ〜鳴るサイレンのけたたましい音が聴こえてきた。消防車も救急車も入り混じって、わんわんにゃあにゃあやかましい。
「そこのアナタ、神を信じますか?」
マスクをした修道女があたしに声を掛けてきた。マスクに隠れきらないほど裂けた口がピクピク震えている。どこぞの動物霊にとり憑かれた女が身なりを正している姿は健気で神々しい。でもあたしは神を信じてない。
「信じるならば青い壷を、信じぬならば白い壷を」
「随分簡潔な霊感商法だね」
「はい、そうです」
くだらない映画の中で自称銀幕スターが呟いていた言葉を思い出す。この世は悪鬼の巣食う今地獄。俺は悪鬼の餌食になって、そこかしこの魑魅魍魎に残り滓まで吸い取られちまった。だから俺だって悪鬼になってもかまやしないだろうよ。
「いいよ、白いの買ったげる」
「どうもどうも。助かります」
「いくら?」
「え〜っとですね、税込みで三千飛んで二十九円になりますね」
「え? じゃ何、定価はニーキュッパなんだ」
「まぁそれぐらいが妥当ですから」
よく見ると、白い下地に色絵の付いた小清水の立派な陶器に見える。ホントにその値段でいいのと念を押したが、修道女はありがとうありがとうと言いながら、ただただひたすら頭を下げてその場から立ち去った。
あのくだらない映画を見たおかげだ。モノクロームだった風景が色付き始め、目に映るモノ全部が優雅で美しく感じるようになった。いつかまた見たい。どんな強烈なウォッカや老酒よりも、このくだらない映画の方があたしは酔える。あの自称ナントカの一言一句の方が酔える。酔える。酔える。
あたしは間もなく捕縛され、放火の現行犯で火焙りの刑に処せられた。