第44期 #19
窓の外はよく晴れている。
五日分の気怠さと週末へのささやかな期待が入り交じった、金曜日の午後だ。
六限目は家庭科。
徹が玲の隣に座っているのは、彼の努力の賜物である。玲はパーカーを縫っていた。徹は何を縫っているのか自分でもわかっていなかった。
徹は後悔していた。皆俯いて裁縫に勤しんでいる。この姿勢では隣の玲の顔が見えない。
「町田君さ、昨日見た?ナイナイの」
右からの声に徹は耳を疑った。首は動かさず目だけで様子を伺うと、玲は俯いて器用に針を動かしていた。
「見たよ」
顔が熱くなったが、徹は平静を装って言った。
「すごいよね、チャリで鹿児島まで行くなんて」
「そりゃ足の腱痛めるよね」
「だよね」
徹は俯いたまま喜びを噛みしめた。つまらない番組だったが見てよかった。
「あの、どっかの海で出てたフグすっごいおいしそうだったんだけど」
玲は手を止めることなく続けた。
「あー、あそこ行ったことあるよ」
幸運に感動しながら、徹は気のない様子を装って言った。
「ほんとに!?フグ食べたの?」
玲が声を上げた。徹は思わず右を向いた。
玲と目が合った。
「う、うん。うまかったよ。一人で旅行するの好きでさ」
徹は慌てて俯いた。
「へー、そうなんだ。いいな、私も行きたい」
玲は楽しそうに言った。徹の鼓動が早くなった。
「今度、行こうよ」
徹は目を伏せたまま声を潜めて言った。
「え?」
徹の視界の右端で、玲の手が止まった。
「みんなでさ、行きたくない?」
徹はそう付け加えた。
「あ、うん、そうだね」
玲の手は再び動き出した。徹の掌は汗ばんでいた。
「でもね、こないだ道頓堀は行ったんだよ」
玲は何もなかったように明るく言った。
「へー、俺行ったことないや」
徹はほっとしていた。
「大阪とか人多いじゃん、私人混み苦手なのね」
玲は続けた。玲の声は綺麗だと、徹は思った。
「だから行きたくなかったんだけどさ」
徹は相づちを打ちながら聞いていた。
「彼氏がどうしても行きたいって言うから」
玲のことを意識し出したのは二週間前だった。彼女について徹は多くは知らない。
「そうなんだ」
徹はそっけなく言った。
チャイムが鳴った。
「おーわった!」
教室中に伸びやため息が溢れ、玲は未完成のパーカーを手に勢いよく立ち上がった。
徹のパーカーらしき布の塊は、フードの顔を出す部分まで塞がれていた。彼はこれを被って帰りたいと思った。
窓の外はよく晴れている。