第44期 #14

一度はみんな考える

春。私は高校を卒業した。
さて。これから自殺しようと思う。

四月から進学する大学は決まっている。
一人暮らしをするアパートも決まっている。
アパートの鍵は手元にある。
実家の鍵置き場には、一応ダミーを置いてきた。
合鍵は親が持っているが、このアパートにいるとは多分思わない。
もし気付いても、かまわない。
アパートの存在を思い付き、鍵が無いことを確認する頃。
きっと私は死んでいる。

自殺しようとする人間にとって、自殺を止めようとする人間は、邪魔でしかない。
どれだけ正論を述べられても、何の意味も持たない。
ただただ、うるさいのである。
そんなことは、言われなくてもわかっている。
痛いほどわかっているが、どうしようもないのだ。
「いいや、お前はわかっていない。」
という人もいるだろうか。
しかし、本人にとっては、どうでもいい。
他人の正しさは、本人にとって必要ない。
自分の中で考え、結論を出した行動が第一である。
それこそが、本人にとっての正しさ。
たとえ、他人にとっては誤りであっても、決して後悔はない。

なるべく普段通り、をモットーに。
自動車教習所に行く振りをして(私の地元は田舎のため、高校卒業時には皆免許を取る)、
空港へ向かい、キャンセル待ちの飛行機に乗った(やはり田舎のため、座席はがらがら)。
無事、先月入居手続きを済ませたアパートに着く。
食事はこの三日水のみ。
睡眠薬はそこらの薬局で買った。
こんなものでは到底死ねそうに無いが、
空腹時に酒で一気に流し込めば、いけるのではないか。
近くのスーパーで、酒と懐中電灯と雑誌を買った。
アパートには電気がまだ通っていないので、寒いし暗い。
暇つぶしに買った雑誌は、主婦向け料理本だ。美味しい料理の夢でも見ながら、死ねるだろうか。
さて。準備が整った。整ってしまった。
なんだか怖いな。
正直、ここにきて怖気づいている。
もっと言うと、準備段階で、自殺願望が達成されてしまった。
第一、こんなやり方で本当に死ねるのだろうか。
中途半端に、死に損ねるのだけは嫌だ。
お守り代わりにこの薬を持ち歩こうか。
これが手元にある内は、いつでも死ねる。
そう思うと、これからの人生もあまり怖くない、気がする。
錯覚でも何でも、自殺を試してそう思ったんだから。
他人から見たら「人騒がせな」「意気地なし」と言われるだろうか。
まあ、他人の見方は関係ない。
これが、私にとっての正しい自殺ということだ。



Copyright © 2006 あらかき いち子 / 編集: 短編