第44期 #13

 息が熱い。スチームヒーターが湯気を立てている。額の濡れタオルは少しぬるくなっていた。暑いのに寒気がした。天井が揺れていて、しばらくぼんやりと眺めた。お姉ちゃんが心配して、あたしの顔を覗き込んだ。あたしは安心させるように少し笑った。汗をかこうと思い、口のところまで布団を被った。


 休み時間で、教室の中はざわざわしていた。隣の席に今里さんが座っている。同じクラスだけど、あまり話したことのない子だ。でも何故か親しげにあたしに話しかけた。仲良くないはずのあたしも、にこやかに、「何?」と応えていた。いくらか言葉を交わして、それから今里さんは鞄を広げた。覗き込むと黒いものと肌色のものが見えた。切り取られた頭と腕だった。
「へえ」
 あたしは思わず声をもらしていた。綺麗な切り口だった。首のところも腕の付け根のところも、ちゃんと真っ直ぐすらりと切り取られていた。
「どう?」
 今里さんが自慢するみたいに言う。
「うん」
 あたしは少し興奮気味に頷いた。
「触っていい?」
「いいよ」
 どきどきしながら鞄に手を入れる。指先が腕に触れた。撫でると産毛の微かな抵抗があった。うっすらと塗られた薬品でかためられた産毛。なめらかな皮膚。その奥にあるかたい骨の感触。
「自分でやったの?」
「ううん、やってもらった。お姉ちゃんに」
「そうなんだ」
 髪に触る。さらさらで少し羨ましい。耳はほんのりと柔らかかった。その心地良さについ笑みがもれた。顔を触ろうと鞄の奥にまで自分の腕を埋めた。指先が丸い瞼に触れた。


 額の冷たさに薄く目を開けた。スチームヒーターのゴーッという音が聞こえてくる。
「あ、起きた?」
「……うん」
 お姉ちゃんが心配そうに目を細める。あたしは布団から顔を出し、ほおっと息をはいた。まだ少し熱かったけれど、大分ましになった気はする。手を出して額のタオルを触る。取りかえたばかりの冷たいタオル。……ありがと。
「大丈夫?」
 覗き込んできたお姉ちゃんに、あたしはそっと手を伸ばした。「えっ、何?」とお姉ちゃんは戸惑うけれど、顔を寄せてきてくれた。
 瞼の上に指をすべらせると、お姉ちゃんはくすぐったそうに笑った。髪を撫でて、耳をなぞり、首筋を触った。なめらかで、すべすべで、切れ目はなくて、あたしはほっと息をついた。
「なあに?」
 お姉ちゃんはささやくように言って、あたしの手を握った。少し濡れた冷たい手。あたしはにっこり笑ってみせた。



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