第44期 #10

『定員オーバー』

 退社時間になったぼくたち社員六人は連れ立ってエレベーターに乗り込んだ。
 おんぼろビルに相応しいおんぼろエレベーターは、すし詰めの乗客に不満を言うこともなく、軽い浮遊感を感じさせながら下降を始めた。
 ぼくたちの会社はビルの三階で、二階は今どのテナントも入っていない。外につながる出入口は当然一階だから、三階でぼくらを乗せたエレベーターは一階まで直行のはずだった。ところが、だれかが間違ってボタンに触りでもしたのだろう、エレベーターは二階で止まって扉を開いたのである。ドアの真正面に立っていた南波さんは、回数表示が二階であることに気付かないままエレベーターを降りてしまった。しかし、だれも自分の後につづかないことに気がついて間違えたのだと悟ると、閉まりかけのドアの内側に慌てて取って返したのだった。
 ブー、ブー、ブー。
 重量制限のブザーがなった。
 ぼくたち六人は互いに目を見合わせた。六人乗っていたエレベーターから南波さん一人が降りて、南波さん一人がまた乗り込んだ。人数も重量も変わっていないはずなのに、どうしてブザーが鳴っているんだ?
 そのとき、一番奥に立っていた戸辺さんが陰気な声を発した。
「駄目ですよ、南波さん。そんな人を連れてきちゃ」
 その言葉に全員が南波さんの方を見たのだけれど、そこには南波さん以外、誰の人影もない。さっきもいなかったのだから、誰もいなくて当然だ。けれど、戸辺さんが「しっ、しっ」と手を振って追い払う仕草をすると、ブザーが止んで、エレベーターは何事もなかったかのようにまた下降を開始したのだった。
「南波さんはもう二階で降りちゃ駄目ですよ。二度目はきっと帰ってくれませんから……」
 く、く、と戸辺さんが陰気な声で笑った。
 一階に到着すると、ぼくたちは足早にエレベーターから降りて外へ出た。一人暮らしの南波さんは自宅に帰るのが恐かったのか、今晩は飲み明かそう、としきりにぼくらを誘ってきたが、ぼくを含めた全員、今夜は予定があるからと断って帰りを急いだ。
 その夜以降、南波さんの姿を見たものは誰もいない――などということもなく、戸辺さんが無断欠勤をつづけているだけで何ひとつ変わらない毎日のままだ。ただひとつ変わったことといえば、南波さんがエレベーターに乗るときに回数表示をじっと見上げて目を離さないようになったことくらいだろうか。



Copyright © 2006 橘内 潤 / 編集: 短編