第43期 #8
目覚めると暮れ時でした。
迫出した軒に切り取られた西の空は斑な桃色に焼けていて、庭ではシャベルを抱えた女中達が忙しない動きで穴を掘っています。逆光で顔貌は知れませんが、彼女達は庭のかなりの面積を掘り返したらしく、闇の中にも薄高く盛られた赤土や千切れた花弁を認めることが出来ました。そして私は中庭に面した部屋の胡桃木で出来た椅子に掛けて、それらの光景を漫ろに眺めています。
「どこなの、どこなの、怜亜」
時ならぬ呼び声に眼を凝らせば、庭の女の一人は女中ではなく御姉様でした。女中の服まで着て何をなさっているのでしょう――御姉様御姉様、怜亜は此処です。
喉の調子が悪いのでしょうか、声が出ません。
「リコリスの脇、花崗石の裏、庭でいっとう大きな棠梨の木の根元。思い当たる場所は全て探して、薇も螺子も見つけたのに」
リコリスの脇、花崗石の裏、庭でいっとう大きな棠梨の木の根元。それらは八つの時に私が盗んで、御姉様と一緒に宝物を隠した場所です。けれどあの日隠したのは、薇だ螺子だと言った下らない物だったでしょうか、そもそもが誰から盗んだ物だったでしょうか。不思議と思い出せません。
「貴女が幾つにも分かれてしまいそうで怖かったの。手足が抜けても貴女は喋って、螺子が無くても貴女は動いて、じゃあ貴女は何処にいるの? 切った分だけ貴女が増えるなんておかしいじゃない。怖いじゃない」
御姉様は何を仰っているのでしょう。手足が無くなれば手足が無くなった分の私が残るだけです。螺子を抜いたくらいでは私は壊れません。そんな事を怖がるだなんて。
「ばらばらにしても組み上げれば少しは動くわ。でも、電池が無いと怜亜はすぐに止まってしまうの。薇を引いても、螺子を引いても、怜亜はきちんと動いていたわ。肝心なのは電池なのよ。電池が怜亜なの。ああ、何処なの怜亜」
そこの椅子に掛けている瓦落多は如何でも良いの、御姉様はそう仰いました。成る程だから私は八つの時からずっと眠っていたのかと妙に納得しつつも、心中には一つだけ蟠りがありました。ああ御姉様、電池はそんな処を探しても見つかりっこ有りませんの。あの日、動きが止まるその前に、私が戯れに御姉様の中に隠してしまったのですから。声にならぬ呟きを喉の奥で震わせ、瞳を閉じ、永遠に向かって凝固していく時間を耳の裏に感じながら、気の早い事に私はもう、夢を見ている振りを始めています。