第43期 #3
私がまず頭に浮かんだのは、秀ちゃんが泳いでいるところだ。
私は海の深くにもぐっていて、下から秀ちゃんの泳ぐ姿を見上げている。
すい、すい、と泳ぐのは平泳ぎ。
ぷくぷく、と私の口から空気がもれるけど、苦しくはならない。
濃い青の中にいる私。
まぶしい光の中にいる秀ちゃん。
パッと目をあけると、いつもの風景。つまり教室。
カツカツ、とチョークが黒板を叩き鳴らす。
粉が舞う。
窓に目をうつすと、今日が雨だったことを思い出す。
プールの授業が中止になり、今は保健のつまらない授業をうける。
もう一度、目をつぶり思い描く。
私は海の深くにただもぐっていて、秀ちゃんは海面に顔を出して平泳ぎをする。
違う世界にいるようね。
ふと、秀ちゃんの方に目をやると、ほおづえをつきながら眠っていた。
どんな夢を見てるんだろう。
「 なぁ、みどり 」
保健の授業が終わり、昼休みになると、秀ちゃんが私のほうに駆けてきた。
まだ夢の世界から覚めきってない私は、机にうつぶせになりながら話をきいた。
「 俺さ、さっき夢みたんだよ 」
へぇ、どんな?
「 あのな、俺とみどりで海に行くんだけど、泳いでたら
急にみどりがもぐってくんだよ。海の底にむかってさ 」
それで?
「 でな、俺も海にもぐろうとするんだけど、なんでかもぐれないんだよ。
顔もつけられなくてさ、ただ平泳ぎして溺れないようにしてんの。
すごいバカみたいで 」
ふーん
「 しかも、みどり全然あがってこないし、水面にぷくぷくって泡だけ
あがってくるし、俺もう焦っちゃって、必死で平泳ぎをすんだ 」
結局どうなったの?オチは?
「 すごい不安になったんだよ。すごい遠くにいっちゃったみたいで 」
私はやっと体を起こし、秀ちゃんを見る。
秀ちゃんも、私の顔を真剣に見返す。
ふっと私は笑った。自然と沸き起こる笑み。
秀ちゃんが意味が分からない、という顔をしてるのを見ながら
私はまた机の上にうつぶせになり、思い描く。
海にいる2人じゃなくて、教室にいる40人の中の2人。
私はうつぶせになって、遠くにいる秀ちゃんを想う。
秀ちゃんはほおづえをついて、遠くにいった私を想う。
「 なぁ、みどり。きゅうにどうした? 」
頭の上から、秀ちゃんの声がきこえる。
私は、ほおづえをついた秀ちゃんの後ろ姿が好きだ。
私を想う心が好きだ。
私を探す、泳ぐ姿が好きだ。
ついでに、ほおづえをついて残った赤い跡なんかが、
思わず笑っちゃいそうなくらい、好き。