第43期 #4

魔法の矢

 男が森を彷徨っていた。時折、周囲を見回しており、男は何かを探しているようだった。
「誰か、お探しかな?」と、耳元で声がした。それは老人のような、若者のような、不思議な声だった。
「おまえが悪魔か? 外れる事の無い、魔法の矢を持つと言う」男が用心深く辺りを見回しながら、問いかける。
 男の周囲には、誰もいなかった。が、再び、男の耳元で何者かの声が響く。
「なるほど、探し物は矢か」
「……、そうだ」男は唾を飲み込むと、ゆっくりと頷いた。
「良かろう。だが、条件がある。矢の代償として、半年以内におまえが死んだ時、その魂を貰い受ける」
「半年以内?」
「そうだ。半年生き延びる事ができれば、おまえの勝ちだ。悪い条件ではあるまい?」その声は、男を挑発するかのように響いた。
「わかった。その条件、受けた」

 魔法の矢を手に入れた男は、その後、英雄として祭り上げられる。当然であろう。男の放つ矢は決して外れる事は無く、多くの敵国の英雄や将を射抜いたのだから。
 しかも、男は射手にも拘わらず、前線にその姿を晒していた。敵国にとってその姿は、悪魔のようであった。
 だが、運命の日は訪れる。それは、男が矢を手に入れた、ちょうど、半年後の事だった。
「今日も、雑魚ばかりか」男は不満げにそう呟くと、目の前の敵将を射抜いた。
(この俺の獲物に相応しい者は、どこだ?)
 敵将の最後も見届けず、男は遠くを眺めた。今や多少の兵を率いる将では、満足できなかった。と、男の視線がある一点で止まった。
「獲物だ」男はほくそ笑むと、矢を構えた。その矢の先には、多くの兵に守られた、敵国の王がいた。
(動くな。いや、動いても結果は同じだがな)
 男が矢を放とうとする。と、男は胸に鈍い衝撃を感じた。
「なんだ?」男が下を向くと、一本の矢が見えた。
(矢? なぜ、矢が刺さっている?)
 男には、何が起きたのか理解できなかった。そして、理解する前に、次の矢が男の額を貫いていた。
「愚かな。おまえに矢が当たらないなどとは、誰も言ってはいなかったと言うのに」男の耳元で、あの声がした。
「あ……」男が何かを言おうとして口を動かすが、声にならない。
「約束どおり、おまえの魂を頂く。過信のあまり、自らを不死身と思い込んだ、愚かな男の魂をな」それが、男の聞いた最後の言葉だった。

 男を射抜いた敵国の射手は、一躍、英雄となった。が、半年ほど後、その新たな英雄も戦場に散ったと言う。



Copyright © 2006 神崎 隼 / 編集: 短編