第43期 #26
男は女を愛していた。男は女のために城を建てた。
その城の跡は今、草原だ。何もない草原だ。
その草原に、人々は続々と集まり始めていた。
やぐらが組まれ、椅子が並べられる。
オークションの始まりだ。
老人たちはみな一様にどこかを見つめていた。その供である少年少女たちもまた同じようにどこかを見つめている。
さて、会場に集まった者達の中に、他の客たちとは毛色のちがうのが二組いた。
片方は若い男女の二人組。派手な化粧。香水の匂い。けらけらと笑い、とても楽しそうだ。
もう片方は初老の男。貧乏そうな身なり。
男女はロックスターだ。破滅的な詩を、うっとりするような歌に乗せて歌うのだ。
競りにかけられた品々はその二人組みに次々と落札されていった。全ての物に、彼らは法外な値をつける。凄まじい価値をつける。
「それでは、次は皆様のお待ちかねの品物です」
司会の男が告げた。
「ご覧ください、天使の羽です」
人々は歓声をあげた。壇上にある曇った色の金属板を組み合わせたようなそれを見て、人々は歓喜した。
ロックスターの男女がすぐに値をつけた。その華奢な背中には、確かにあの天使の羽は似合うことだろう。
しかしロックスターの男女はすぐに抜かれた。
ずっと黙っていたあの初老の男が、狂ったように札束を振り回し、大声で法外な値段を叫んだのだ。
男は博物館の館長だった。彼は私財を投げ売り、博物館の貴重なコレクションも全て売り払い、このオークションに臨んだのだ。
あんなものたちに天使の羽を持っていかれてたまるか。全ての人々に、神の恵みはあるべきだ。
女はすぐに値をつり上げる。競りはこの二組の対決となり、激闘の末、結局は男が勝った。二人組はオークションに飽きてしまったのだった。けらけらと笑いながら、二人は車に品物を押し込んで帰っていった。
男は天使の羽を手に入れた。
全てと引き換えに、男は天使の羽を手に入れた。
あの二人組はその後、すぐに死んだ。ロックやセックスやドラッグを浴びるほどに楽しんだ後、悲劇的な最後を遂げたのだった。つまりはシドとナンシーのように。俺たちに明日は無いのように。安っぽい映画や小説にもなった。
男の博物館は閉鎖された。
それからも世界には色々なことが起こった。様々なことが行われ、そして忘れた。
しかしそれでも、男は未だに生きている。
ビルの真ん中で、天使の羽を抱いて、男は未だに生きている。