第43期 #16

風の子

 さあやは風の子です。
 五月のあさのさわやかな風がおいていったおくりものです。

 としょかんのいりぐちのまんまえに、くすの大きな木がたっている、その木の下に、さあやは小さなほほえみをうかべて、ベンチにこしをかけていました。
 いままでご本をよんでいたのでしょうか。
 それともきのうのつづきをよむことをたのしみにしているのでしょうか。
 それはだあれもしりません。ためしにきいてみました。
 ――もう、かえるの?
 ――うゥん。
かるく首をふります。
 ――ご本をよみにいくの?
 ――うゥん。
やっぱり首をふります。
 でも、さあやがご本をすきなことは、だれがみてもわかります。くろくて大きなひとみのすみきった底に、すこしずつ考えてみがかれたものが、キラキラとひかっているからです。ほそくてそっとのびたゆびさきが、しずかにご本を一まい一まいめくっているようすを、だれにもおもいうかべさせるのです。
 さあやは、ゆっくりとこしかけて、とおりのむこうのぼうぼうにのびたプラタナスの並木の、ずっとつづいている、ずっとずっとむこうのほうを、ときどきちらっとながめています。なにかをまっているのでしょうか。
 風がまたさあっとふいてゆきました。



Copyright © 2006 冬口漱流 / 編集: 短編