第43期 #15

雪の庭

 ママがおみそ汁を作るのをやめて、トーストにクリームスープを作るようになってから、家の周りに虫の死骸が目につくようになった。
 かげろうの無数の羽が、ドアを開けるとレースのカーテンみたいになびいた。生きてるように舞い、生きてるように着地した。死が積もっているとは思えなかった。背後からママの甲高い叫び声が聞こえてくる。
「早く、早く捨ててきて」
 庭一面に咲いたブルームーンの花が、ママの声から漏れる波動に反応して真っ青なブルーに変わる。息が苦しくなる。こんなふうにママの感情はときどき津波のように押し寄せてくる。ママのあとに続いて家に入り、しっかりとドアの鍵をかける。
 私たちはいつもそうやって降りかかってくる災いを押しやった。パパが家を出ていってしまったときも、パパの足音やおもかげなんかを全部庭に埋めた。

 秋には、毎朝ゴミ袋いっぱいのかまきりやばった、こがねむし、かなぶんと色とりどりの蛾を混ぜ合わせるようにして抱えて歩いた。早朝を選んだのは誰にも見られないようにと思ったからだ。でも、ある朝、ひとりの少年と出会ってしまった。
「おはよう」
 彼は立ち止まって私とゴミ袋を眺めた。立ち止まったことで彼が私よりも少し背が高いのだとわかった。
「きみも死を抱えてるの」
「今から捨てにいくところよ」
 彼は捨てちゃうのとつぶやき、多すぎるとしょうがないよねとうなづいた。
「ママの庭に埋めきれなくなっちゃったの」
「きみは持っていないの? 僕は庭を持っていないんだ」
「私がもし持ってたとしても、秋には三日ともたないと思うわ」
 くっくっと彼は笑い、軽く足踏みをはじめた。すぐにでも走り出してしまいそうだった。
「僕は毎朝抱いて走ってるんだよ」
 秋も終わり頃になると、カブトムシとか蝉とかがわんさか積もった。私は夜更けからゴミ出しに行くようになり、彼と会うことはなかった。

 冬には天井からパパがときどきぶら下がってくる。外が寒くて仕方がないのだろう。ママがいないときは両手で受け、あったかい暖炉のそばで歌を歌って過ごす。ママがやってきそうなときには、ぱちんと指を鳴らして知らせてあげると、パパはするするっと天井に上っていく。パパが張り付いたあとは、木目の滲みに見える。ママが木目の滲みは死骸だと思わなければいいと思う。今のところ心配なさそう。冬だから、私のゴミ出しも暇だし、庭は雪で覆われている。



Copyright © 2006 真央りりこ / 編集: 短編