第42期 #5

酷い口臭

 学校に登校してみると、何かがおかしい。周りの対応が冷たい。
 いぶかしく思い、数人に挨拶をしたが、結果は思わしい物ではない。無視しようとする者、俺の顔を凝視して逃げ出す者、叫んで腰を抜かす者。
 確かに……今日の俺もどこか少しおかしいと、自分で分かっている。
 口が臭いのだ、半端じゃなく。おかしい、別に変な物を食べてきたわけではないのだが。
 俺は学校から外へ出ようとした。すると……廊下を歩く深雪と目が合った。深雪――俺が幼稚園に居た頃からずっと仲良しだった子だ。彼女に聞いてみよう。俺は、歩みを止めてたたずんでいる深雪の方へ向かった。
 深雪は、なんというか、呆然とした。見てしまった、という顔をしている。いや、悲しい顔?
 泣き出した。その場に泣き崩れて嗚咽を漏らしている。
「深雪! どうして、なぜ。なんで……」
 もはや何も聞こえていないのだろうか。俺の名前を幾度も、幾何度も叫びながら涙している。もう駄目だ。彼女の嗚咽を後ろに、俺は学校の玄関を後にした。
 外にでても様子は同じだった。道行く奴はギョッとして立ち止まる。車は俺の周りでスピードを極端に上げるか、下げるか。道を聞こうと近づいてきたおばちゃんは腰を抜かす。
 終に警官が出てきた。
 俺の行く手を塞ぐ。しかしどうした? 幾人もの警官隊でさえ、俺を直視する事叶わず、意味不明なことを絶叫するや否や倒れこむ者もいる。
 俺は警官隊に群れへ直進した。警官隊は二つに分かれ、俺は楽々とそこを通った。暫くすると、遠い後ろからやっと「止まれ」と言う声が聞こえてきた。
 俺は無視する。銃声。身体に振動が鳴る。痛みは感じない。血も思った程勢いよく流れない。どす黒い血が出てくる。真っ黒だ。赤みという物が全く無い。俺は近くにあった公衆トイレへ入った。その周りを幾人もの機動隊が取り囲む。
 トイレには鏡が在った。それが不意に目に映りこむ。
「アハ、あは、ひゃ」
 瞬間、笑いがこみ上げてきた。どうして俺はこんな目に遭わなくてはいけないのか、鏡を見てやっと分かった。
 ただれた皮膚、生気を失った眼球、艶を失った髪、全体的に青白い顔。全身に出ている赤い斑点。
 ――あぁ――
 涙がこぼれてきた。しかし、一体どうして、何故こんなことになったんだ。悪魔? 神?
 もう欠片ほどしか残っていない俺の理性の中で、俺は幾度も反芻する。
 俺は朝からずっと死んでいたのだと。



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