第42期 #30

恋のアックスボンバー

 校門を出た次の瞬間、テツの体はあお向けに寝そべっていた。視界にちらつく白いものの正体をさとるまでに数秒かかった。
「な、なんなんだ!」
 ユミはテツを見おろして得意げだ。
「バレンタインラリアットだよ。義理だけど」
「バ……ってバカか? パンツ見えてるし」
 ユミの恋心は、甘ったるいチョコなんかで伝えきれるものでは断じてない。恋なんてそんな甘いもんじゃない、との持論により考案したのがバレンタインラリアットなのだという。それでまずは実験がてら、テツに「義理ラリ」をプレゼントしたのだった。
 幼馴染の趣味をよく知るテツも、この説明にはあきれた。
「おまえ絶対きらわれる。地面に頭を打ったら死ぬぜ?」
「あんた生きてんじゃん」
「おれは受身が取れた」
 昔からプロレスごっこに付き合わされてきた彼だ。さすがに中学に入ると彼女の実験台になることはなかったが、二年の冬になって再び餌食になろうとは……しかし長年の経験は彼に的確な受身を取らせたのだった。
 門柱の影から校内をうかがいつつ、ユミは言った。
「ハンセンと長州、どっちが強いと思う?」
「知らねえよ」
「でもね、わたしが選んだのはハルク・ホーガン」
「おまえまさか……」
「あんたは義理だから普通のラリアットだけど」
「ア、アックスボンバーか?」
 返事がない。無言のイエスだ。
 テツは戦慄した。アックスボンバーの場合、腕を曲げて肘のあたりで相手の顔面を打つ。ほとんどラリアット風エルボーだ。
「で、だれに?」
「ヒント、先生」
「それ校内暴力だぞ!」
「プロレスは暴力じゃない。そんなのもわかんないの?」
 と軽蔑の眼差し。
「知らね。おれ帰る」
「じゃね。来月のお返し楽しみにしてる」
 やがて日が暮れて、ユミは職員用玄関を出る本命を発見した。
「先生!」
 叫んで門の中へと駆け出す。充分すぎる助走のうちに、ユミは右腕を横に突き出し、肘を上に折った。そして恋する少女は、相手の背丈に合わせるべく、軽やかに跳躍した。
「大好き!」
 愛をこめた渾身の一発が直撃したのは、テツの頭だった。
 彼に突き飛ばされた先生は、うずくまる二人に「見なかったことにする」とだけ言い残して帰った。
 肘のしびれと痛みに悶えつつ、ユミはテツを睨んだ。
「バカ! 死ね!」
 彼の頭も死ぬほど痛いが、こみあげるものがある。
「なに笑ってんの? ホワイトデイ、二発分だかんね!」
「いいぜ。覚悟しとけよ!」
 ユミも声をあげて笑った。



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