第42期 #3

国際電話

 「もう、気をつけて頂戴よ。うっかりじゃ済まないんだから」
 受話器の向こうの溜息まじりの声を、あたしは桜色に盛り上がった手首の傷を眺めながら聞いている。
 「聞いてるの? すぐに駆けつけられる距離じゃないのよ」
 「肝に銘じます」
 声だけはしおらしく。傷跡の上から、包丁の先をまた当てて。少しずつ力を込めながら答える。すぐに駆けつけられる距離じゃないから。あたしが何をしていても、母さんには見えないから。



Copyright © 2006 黒木りえ / 編集: 短編