第42期 #17

痛いほど近づいて

 毎日、この時間になると私の前を通るあの人。
今日も私に視線を投げかけ、微笑んでくれる。

 人々が自分以外の全てに無関心。
道ゆく者達は目的の方向だけを見て、せわしなく足を動かす。
この窓から見えるのは、無機質なビルや車ばかり。
通り過ぎる人たちすらも、ロボットの様。
そんな風景を眺めていると、自分まで人工物なのではないかと疑わしくなる。

 死んだような街で、あの人だけは私を見てくれた。
何がきっかけだったのか、そんなことは私にはわからない。
ある日、あの人がガラス越しに私を見つけ、足を止めた。
おもむろに私を凝視し、口の端を柔らかく上げた。
 次の瞬間には、また何事もなかったかの様に歩いていってしまったけれど。
確かにあの人は、私を見て、何かを感じていた。

 あの人が私を見てくれる。
それは、確かに私がここに居ると言うことの証明。
視線の一つがこんなにも自分の存在を意識させてくれるなんて知らなかった。
生きているのか、いないのか。ここにいるのか、いないのか。
あやふやになっていた私の境界を、あの人は視線と笑顔だけではっきりさせてくれたのだ。

 今の私は、あの人に微笑んで貰うためにこの窓辺に立つ。
そして、あの人が来るのをじっと待つのだ。

 名前も素性も知らず、声を交わしたこともない。
私が知るのはあの人の姿と優しい微笑み。
それなのに、こんなにも愛おしい。

  私に微笑んでください。
  この手を取ってください。
  口づけてください。
  抱きしめてください。
  ただ、愛してください。

 あなたを思うにたびに吹き出す願い。
けれど、決して叶えられることの無い願い。
 あなたが私に近づけば、私はきっとあなたを傷つけてしまうから。
あなたは私を抱く痛みに耐えてくれますか?
今と変わらぬ微笑みを、私に与えてくれますか?

希望と諦観、まぜこぜになった気持ちで、今日も窓の外を見つめ続ける。

 そう、私はサボテン。報われぬ恋。
頭上の帽子の花びらが、ひらりと揺れた。


Copyright © 2006 負け犬 / 編集: 短編