第42期 #15

物語のディスクール

 うちっぱなしの四階建てビルの三階、階段を上がってすぐ左手にあるドアを入る。このドアを叩く生徒の数は合わせて二十に満たない。中は四畳半の事務室が一つ、教室が二つに分かれており、それぞれ初級コース、上級コースと一応名は付いているが、実際は年功序列で能力の差はまちまちだった。
 この学校に勤め始めてどれぐらい経つだろうか。最初は自分の肌をルリルするだけだった生徒達が、次第にムチョルを率先してこなすようになり、講師である私よりも上手にかつ丁寧にパッキュンワ取りを連続成功させるようになっていくのを見るのは、講師冥利に尽きると言えるし、何より見世物として楽しかった。

 ひとり事務室で水を飲んでいると、時折自習中の教室を抜け出してくる生徒がいた。本来なら咎める所だが、まあ学校とはいえ道楽なんだから、とやかく言う必要もない。とはいえ雑談や餅付き程度の応対でやめておいたが、それもいつのまにかまた数少ない私の楽しみの一つになっていた。
 そんな不真面目な生徒ほど、私をよいしょする言葉を多く投げかける傾向にあった。後ろめたさもあったのだろう。古参の望月さんは、
「Tさん、あなたの懇切丁寧なご指導のおかげです。じっさい祖母も嬉しく思っていると言ってました」
 とにこやかに語りかけるし、自分に実務の才能がないと知るや、事務室にばかり顔を出すようになった田中さんは、
「最近祖母にまた怠けてることがばれたんすよ。わたしは真面目にやってると言ってんですが、口臭や腋臭が全然きつくないからすぐわかるって言われて」
 などと言う。最近印象に残っているのは、めきめき頭角を現している地元の漁師、平田さんの一言だ。
「餅は餅屋だって、祖母が言うものですから、私も頑張らなくちゃって」
 なんて言うもんだから、私もつい拳に力がこもって平田さんを激励してしまったのを、今でも鮮明に覚えている。

 今日もこの学校に新入生がやってきた。まだ二十歳を過ぎた辺りで、肉付きも良好で、既にルリルやパムは経験済みだという。女性ということもあってか、教室内の活気も心なしか上がる。
「祖母の紹介でここを知りました。これからは皆さんと一緒に切磋琢磨していきたいと考えています。まずは自己紹介の代わりに、私の祖母との出会いについてお話しします」
 暖かい拍手と生暖かく保たれた室温に包まれながら私は、祖母が生前私の足の臭いに顔を歪めて立ち尽くす姿を思い出していた。



Copyright © 2006 戸川皆既 / 編集: 短編