第42期 #14
ここへ行きたいのですがと手元の地図を指差すと、顔の半分はある鼈甲縁のサングラスをかけた運転手は顎をしゃくって運転席に乗り込んだ。私はドアが開くのを待っていたが、自分で開けて乗らなければならなかった。
タクシー乗場を出るとすぐに上り坂が始まって、緑色の細長い葉の草原に唐突な感じで一本通っている道路を走るこのタクシーの中で、私は窓枠に肘を固定させて首にかけたデジタルカメラを構え、緑と白くくすんだ青い山の連なりとそれよりもさらに白くくすんだ空とのバランスを見ながら慎重にシャッターを切る。幾枚か撮ったら撮った写真をデジタルカメラの画面に出して確認して、ぶれているものが二枚ほど交じっている事を知る。舗装されているはずなのに道は波打つようにうねっていて、優しいロデオマシーンに乗っているような軽い揺れがしばらく続いている事を意識する。
目の前の山が大きくなって行き、山の輪郭が視界をはみ出してしまい山道を登り始めると、あっという間に道は細くなり、蛇のように右に左に鋭く曲がり始める。薄暗く黒く見える脇の木々が像を残して視界から消えて行くので写真を撮る気も起こらない。するとエンジンを吹かす音が直線とカーブで明らかに変わる事や、タイヤがアスファルトを噛んで立てる音や、車体の傾きに注意が行くようになる。でも、それが長い事続くと、それもやはり単調な繰り返しに思えて来る。
右に大きく曲がり終えると急に左側の視界が開けて、木々が姿を消し、薄茶色の石ころで出来た山が現れた。黒い森ばかり見慣れた目にはその白さが眩しくって、私はカメラを構えると闇雲にシャッターを切り続ける。
突然、上り坂が終わり平坦になった。道の終わり。白い裸の地面はぽつぽつと草を生やして遠くへ続いている。道路は緑が始まる手前で切れている。運転手が車から降りたので私も降りると、視界がほとんど空だった。運転手が緑の向こうを指差して「記念写真撮るんでしょ」と当然の事のように言う。何となく二人で映ってから、再び車に乗り込んだ。運転手は車を発進させながらダッシュボードから白いカセットテープを取り出してセットした。車内のあちこちで一斉に音楽が始まる。南半球の音楽だろうか。運転手は白い歯を見せて振り返りながら「今日で定年なんです」と言うと、ここを走る時には必ずかけるのだと付け加えた。
霧が不意に湧いて辺りが真っ白になる。けれど、車は進んでいる。