第42期 #13

1/155

バルコニーから俯瞰する風景には沢山の営みがあった。
地上の星。蠢く光の一筋。中には赤い一筋もあった。
そのなかの一つを指でつまんで潰した。
もちろんそんな事が出来るわけは無い、でも今日くらいはその光が消えてくれれば、と思った。
「雄治、いよいよ明日だな。」
俺は心底静かにして欲しいと思った。
親父の為にも自分の為にもそう思った。
 少し寒くなってきたので、自室に戻ることにした。
自分は蛍光灯をつけないまま、テレビをつけた。
テレビから流れる情報はどれも無益で、どうしようもなく腹立たしく思えた。
「離陸の際にはシートベルトをお閉めください。」
至極当たり前のことを言ったのだろう。しかし自分は聞いていなかった。
前触れも無く、勝手にテレビが消えた。電源ボタンを押してもつく気配は無い。
もしやと思ってバルコニーに出てみると、俯瞰風景には星がなくなっていた。
この停電は自分と親父への贈り物に思えた。
「どうしたんだ!?」
そんなことは明白なことだった。
 自分はそのままバルコニーにいることにした。
先ほどまでとはうってかわってしまった風景は、見慣れた町でも新鮮な物だった。
「大丈夫だ。」
もう理解していた。大丈夫なことなんて何一つ無かったこと。
自分でも気がつかない間に暗い、顔になっていた。
 暗い顔と裏腹に、地上に星が帰ってきだした。
「生存者一名!」
室内ではテレビが勝手についている。
そして、柱時計がボーンボーンと鳴った。
00時00分
親父と乗客154名の命日がきた。
飛行機の中から見えた俯瞰風景を思い出さずにはいられない日。
自分は地上から目を離し空を見上げた。
そこにはもう一つの俯瞰風景が広がっていた。
もうどこにも逃げ場は無かった。



Copyright © 2006 素飯 / 編集: 短編