第41期 #6

白い日記

目が覚めると何もかもが真っ白だった。

天井。
壁。
ベッド。
床。
服。
扉。

自分の記憶。

名前も。
故郷も。
ここがどこなのかも。
何も。
何もわからない。

パニックになりそうになった瞬間扉が開いた。

看護婦だ。

看護婦は驚いた顔をして
「人を呼んできます」
と言い出て行った。


「あなたは、事故に遭いました」
記憶が無い旨を伝えると、看護婦の連れてきた医者は言った。
「そしておそらく事故のショックで記憶を失っている」

記憶を無くした。
ここには白いものしか無いのに。
私にも何も無い。
真っ白だ。
嫌だ。
怖い。
嫌だ。
嫌だ。

「泣かないで下さい」
いつの間にか泣いていた。喉が痛い。大声で泣いていたようだ。
腕も痛い。看護婦と医者が腕を押さえつけていた。暴れていたようだ。

「何も無い。みんな真っ白」

今度ははっきり自分の意志で声を出した。
絶望という単語を思い出した。

「そうかもしれません。でもこれを見て下さい」

医者の指差した所は赤かった。ベッドの一部が赤い。

「あなたが元気に暴れくれたおかげで、指を切ってしまった」

医者の血だ。爪の先ほどの赤。
白いベッドに映えて鮮やかだった。

この人は白くない。
この人は居る。
私も居る。私にも赤い血が流れている。

「ずいぶん長い間寝ていたけど、これだけ元気なら大丈夫だ。すぐに記憶も戻るでしょう」

看護婦が持っていたノートを差し出す。

「日記を書きましょう。今日から」
看護婦が笑顔で言う。

今日から、日記を書く。
看護婦がくれたボールペンで白い部分を埋める。

今は何もないがこれからがある。

窓の外は真っ青だった。


●12月24日 晴れ

明日はクリスマスだ。
これから毎日日記を書く。

明日ツリーを持ってきてもらおう。
来年、この日を思い出す為に。


●12月25日 晴れ

今日はクリスマスだったらしい。
医者の先生と看護婦さんとお祝いをした。
これから毎日日記を書く。

後でツリーを持ってきてもらえるか頼んでみよう。
来年、この日を思い出す為に。


●12月26日 晴れ

昨日はクリスマスだったらしい。
祝えなくて残念だ。
これから毎日日記を書く。

少し遅いけど、ツリーを持ってきてもらえるか頼んでみよう。
来年、この日を思い出す為に。



Copyright © 2005 市井泰酔 / 編集: 短編