第40期 #30
薄暗い雲の下で、気付いたら僕は橋の上にいて。ビルとか山とか川まで見えて。自分がすごく高い位置にいるということだけ分かった。
その橋は、こんなに高い位置にあるのに手すりはなくて、長く長く、遠くまで続いてて、終りが見えなかった。戻ろうにもどこから来たか分からなくて、振り返ってみても、やっぱり遠くまで続いてて。僕はなんだかこわくなった。
自分の足元には自分の住み慣れた街が広がってるのに。降りたくても高すぎて。進もうにも長すぎて。周りには誰もいなくて。
でも。街に降りたところで、誰かがいるわけでもないことに気付いた。今僕がいなくなったとして誰か気付くだろうか。
この長い長い橋を渡りきったとき、その先に何があるだろう。何かあるのだろうか。あったところで、それは僕にとって何の意味があるだろう。そう思うと、僕はこのままここにいてもいい気がして。
僕は橋の上に座りこんで、街を眺めた。普段の自分の目線から見る街よりもずっと綺麗に輝いているその街は、僕の知らない街に見えて。僕はなんだかさみしくなった。
気付いたら僕の頬には涙が伝っていて。僕はそれをぬぐう事なく、ますます知らない街に見えるきらきらしたゆれる街を、ずっと見つめていた。
どれくらい時間が経ったか。感覚も意識も自分のものでなくなったかのように感じて。相変わらず街はきらきらゆれていて。そんな時、僕の頭に、僕の耳に、聞こえるはずのない声が届いた。知らない街のように思えた街で、僕の名前が呼ばれた。僕の名前が―。
からだに力が入る。
僕は涙をぬぐって、立ち上がった。僕を必要としてくれている人のために。そして僕自身のために。
僕には名前があって。呼んでくれるひとがいて。僕は確かに生きていた。
もうこわくない。さみしくない。
空が明るくなって、街はさらに輝きを増した。でも。それはちゃんと僕の知っている街で。確かに僕の生きている街で。僕はなんだかうれしくなった。
どこから来たのか。どこへ行くのか。まったく分からない僕だけど、僕は確かに生きている。感覚も意識も自分のもので。輝く街は足元に広がっている。
そして僕は、自分の意志で、七色に光る終りの見えない橋を一歩一歩、進んでいく―。