第40期 #26

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 研究に疲れて彼が公園のベンチで休んでいると、ぼろぼろの白衣を着た老人が隣に座った。
「実は未来が大変なんです」
「なるほど」彼は老人の白衣のすりきれた袖口を見た。「でしょうね」
「そうなんです。未来では様々な発明が成しとげられ、様々な問題が解決されましたが……。とりあえずこれを」
 老人が強引にファイルを渡してきた。しかたなく雑にめくると、彼にとってはまさしく夢のような発明が羅列されている。無公害無限燃料、万病予防薬、瞬間移動装置、云々。そして最後に時間旅行機。
 彼は老人の顔がやつれているのに気づき、それでも未来は大変らしい、と思った。
「しかし突如、致死性の病が流行しました」
「そうですか」
「病名は無気力です。世界から問題が無くなると、その病が蔓延しました。生きる気力を失って、みな我先にと首を吊る」
「分かりました」彼はファイルを老人に返した。「まとめると、未来は大変ということですね」
「その通りです。ところで、あなたは耳のとがった見知らぬ男から白衣を譲られましたね。着れば何でも発明できるという白衣を。私は、その白衣を奪うために未来からやってきたのです」
「本当に残念ですが、そんな白衣は持ってない」
「別に構いません」老人は立ち上がった。「とにかく私は、あなたの研究室に置いてある白衣を持ち去り、そして燃やします」
「しかし研究室の鍵を開けるには、私固有の遺伝子情報が必要でね。私しか入れない仕組みだ」
「知っています。あの白衣の力を借りた初めての発明ですから。あなたは個体識別システムの開発依頼を受けていた。しかしどうしても妙案が出なかった。悩んだ。そこで、嘘だと決めつけて放っておいたあの白衣を着てしまった。ともかく」老人は掌を、ゆっくりと自分の胸に押しあてた。「その鍵は、私ならば問題ないのです」
 彼は老人の顔を眺め、それにしても未来は大変らしい、と思った。
「ではご自由に。白衣があったならば燃やしてください」
 老人は、かすかに笑った。
「代わりに未来のペンとノートを差しあげます。思いうかんだことを、空白のページに好きなだけ書きこめますよ」
 老人から受け取ったペンとノートは、未来のものにしては変わりばえがしない。唯一、変わったところと言えばノートの裏表紙が乱暴に破りとられていた。
「足りないくらいがちょうど良い」老人はぼろぼろの白衣をひるがえし、彼に背中を向けた。「それでは」
「ご親切にどうも」



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