第40期 #24

ユグドラシルの鍵

 あたしは乾き、求めていた。空は背の低い街に青黒くのしかかり、あたしが色の悪いニセモノだということを思い出させる。それでも求めてさえいれば、生きていける。
「その鍵は私のよ」
 あたしの手の中に古ぼけた鍵があった。小さな廃ビルの隙間から、あたしと同じくらい小柄な少女が手を伸ばしている。ゴシック調のフリルに縁取られた微笑みは作り物のように白かった。
 彼女はあたしの手を取った。
 安っぽいラブホテルのチェス盤のような絨毯を踏んで、並んだ茶色い扉の一つを開ける。
「あなた少年みたい」と、彼女。
「君こそ少女みたい」
 あたしは乾いていた。あたしは彼女を求めた。硬く細い体に接吻を贈るたび、陶器のような肌が淡い桃色に染まってゆく。海色のシーツに包まれた広い円形ベッドの上で、泳ぐようにあっちこっちと体位を変えた。その度に、何か軋む音がする。きい、きい。スプリングが、悪く、なってるのかな。きい、きい。
 最後まで達することなく、あたしたちはゆっくりと行為を終える。水槽のように青く透き通った円形ベッドの中で、頼りなく寄り添い浮かぶニセモノたち。それでも絡み合う吐息は甘やかで心地よかった。
 あたしは彼女の薄い胸の間や、わずかに火照った股の奥に鍵をあててみた。彼女は身をよじり、違うわ、と笑った。
 彼女はまたあたしの手を取った。
 世界は乾き、黄昏ていた。
 夕映えの迫る荒野で、低く墜ちかかる空を支えた大樹が黒く立ち枯れようとしていた。彼女は水気のない幹を慈しむように撫で、根元で干上がった小さな泉を指す。
 あたしは跪いて掘りはじめる。すぐに汚れたガラス箱を見つけた。赤茶けた土を払うと、オレンジ色にはぜる大気に、胎児のように眠る白いアンティークドールが透けた。少年のような細い手足を丸めて、少女のような薄紅の頬には古い涙がいくつも弧を描いていた。
「これは私よ」
 これはあたしだ。彼女の顔をしたあたしだ。あたしが埋めたあたしだ。幼い過ちを全部捨ててしまえば、幸せになれると思ったのに。今のあたしは乾いたニセモノでしかない。
「私を信じて」
 同じく人形の姿をした未来の私が言う。
 錆びた鍵穴から古い空気が漏れて、あたしは涙の匂いを思い出しそうになる。
「この子を許してあげて」
 怖い。小刻みに震える腕で、あたしは未来の私の胸にすがり、接吻した。何度も、何度も。きい、きい。乾き、朽ちかけたあたしたちの関節が軋み、鳴りやまない。



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