第40期 #23

初雪

 
 年の瀬も押し詰まった一日の終わり、僕は故郷のある地方都市で、レイトショーのチケットを買った。ビロード張りの椅子の上で二時間余りを過ごした後、映画館から外へ出てみれば、夜空からみぞれ混じりの雪がこぼれ落ちていた。傘を持たず来た僕は、首をすくめ、早足で家路を急いだ。風は吹いておらず、それでも寒さはひとしおだったけれど、初雪が薄化粧を町に施したおかげで、夜が、すこし明るくなった。
 
 気づけば僕が行く道はすでに、誰かの足跡と自転車の轍とで、導かれていた。振り返ると、僕が歩いてきた道もまた、人々の痕跡と一体となって、生活のしるしを刻んでいた。ずっと向こうから遠く先までへと、続いてゆく道があり、自らが永遠に旅の途中だったと知る。歩みを止めて、しばし茫然と前後を見渡した。この三十年近く、自分が何をして、何をしようとしているのか、そんな事々が頭をよぎった。描きたかった感情も、感情に昇華されなかった風景も、いまや僕を通り過ぎ、過去の轍の中へと消えてしまった。それらの後に残されたのは、それでも生きているという、うすぼんやりとした苦い感覚だった。
 
 「家へ帰るんだ」主人公がそう語ったラストシーンを、僕は思い出した。再び歩き始める。みぞれ混じりの雪が、いつしか粉雪へと変わっていた。彼は約束を果たした。エンドロールが流れる十分前に。僕は、あんなにうまくやれないよ。でも今夜、帰るだろう。つつましやかな歴史の道からも外れてひとり、僕だけの足跡をふむ場所へ。
 



Copyright © 2005 佐倉 潮 / 編集: 短編