第40期 #20
資産家のKは、まだ三十そこそこ、風采の上がらない小柄な男だった。彼の妻は非常な美女だった。二人が結婚したとき、周囲の者は驚いた。というのも、大変な資産家であったのは妻のほうで、大人しい区役所の受付のKを見初めたからだ。
妻が事故で急死して、Kは一夜にして眼が落ち窪み、頬がこけ、ものも言わないし食事も取らなくなった。葬式の手配を親類に頼んで本人は寝込んでしまった。
そこへある人物がKを訪ねてきた。
「わたくし、ハッピーライフ財団の斉藤と申します。ご承知の通り、K様の奥様のお父上が設立され、不老不死の研究を続けている団体でございます。財団設立直後にお父上がお亡くなりになり、今またお嬢様までが不慮の死を遂げられました。心からお悔やみ申し上げます」
「ぼくになんの用ですか」
Kは気弱な様子で迷惑そうに尋ねた。
「実は、不老不死の薬は未だ研究途上なのですが、これまでの研究成果から、死後数日以内のご遺体の細胞を活性化することにより、再び生き返らせることができる目処が立ったのです。すでに動物実験は成功しました」
「それで?」
「奥様を愛しておられたのでしょう?」
Kは辛そうに頷いた。
「わたくしどもも財団を援助し続けてくださったお嬢様に心から感謝しております。ぜひ蘇りの薬をお嬢様に試させてください」
斉藤氏の提案は、遺体を荼毘に付さず、一ヶ月間研究所で特殊な液体に浸すというものだった。
「それで、妻が生き返るのですか?」
「100%の確約はできません」
Kは心身ともに疲れきった様子で、けれども斉藤氏の申し出を最終的には承諾した。
それから一ヶ月というもの、先代から仕えている執事や、食事の世話する家政婦たちは、Kがどんどん回復していく様を目の当たりにした。Kは区役所をやめてしまい、毎日のようにあちこちのパーティに出掛けた。大資産家であるKは、どこへ行ってもちやほやされた。
一ヶ月が過ぎ、奇跡が起こった。斉藤氏が、蘇ったKの美しい妻を連れてきたのだ。Kはあんぐりと口を開け、言葉もないほど驚いていた。
実験成功に満足した斉藤氏は、けれども一週間後、意外な新聞記事を目にすることになった。Kが妻を殺害したのである。警察の尋問に、Kは妻から虐待されていたと陳述した。どうやら彼女はサドの性癖があって、Kを酷く苛め続けていたらしい。けれども、ひとたび自由な空気を知ってしまったKは、我慢できなくなったのだろう。