第40期 #19
世界に散らばった希望と絶望それぞれを精確な比率で抽出し、鋳型に入れて鋳造すると、五発の弾丸が詰めこまれた六連装リボルバーとなる。装填弾数に一発分だけ余裕のあるコルトは世界の象徴だ。そんな世界の象徴が今まさに忍者の目の前に置かれ、ゴトリと冷たい音を立てた。
「ほらよ、ルーレットだ。生き残れば、その悪運を見込んで俺のところで雇ってやらないこともない」
四方をヤクザに囲まれ、背中には銃を突きつけられている。この下劣な遊びに従う他に忍者の活路はない。忍者は回転式の弾倉をシャララと回す。
「ようく回しとけ。六分の五だからなあ」
シャララ、シャララ、忍者は執拗に弾倉を回す。早く撃てよ、びびってんじゃないのか、そんな野次に耳を貸すこともなく、忍者は黙々と弾倉を回し続ける。シャラララ、シャララララ、弾倉の回転は次第にその速度を増し、シリンダーがギャギャンと悲鳴をあげる。喉の奥で真言を唱える忍者。そして更に回転速度が速まっていく。
「おい、変な真似はよせ!」
異変を感じた組長が怒鳴る。一方で、忍者は勝ち誇ったように笑い出す。
「ははは、これぞ忍法・逆干支の術! 物体に神速の回転を与えることによって時空を歪め、敵に捕らえられる前まで刻を遡る風魔忍者の奥の手よ!」
周囲の景色がくにゃりと歪み、その歪みの渦の中に忍者が溶け込んでゆく。あとには間抜けな顔で立ち尽くすヤクザだけが残された。
ところてんを食いたい、忍者はふと思った。里の爺の作るところてん、あれは絶品だ。もう一度食いたいものだ。しかし、なぜこんな時にところてんのことなど頭に浮かぶのだろう。忍者が我に返った瞬間、彼のこめかみには弾丸がめりこんでいた。反対側のこめかみからところてん方式に脳漿が押し出されてはじけ飛ぶ。今際の幻覚を道連れに、忍者は死んだ。犬死にだった。
忍者の死骸は埋葬もされず燃えるゴミの日に捨てられた。愛用の小太刀は裏ルートを巡り巡ってウラジオストクのマフィアの私物となった。そのマフィアは裏切り者の手にかかり殺された。裏切り者が逃亡する際、小太刀を行きがけの駄賃として持ち出した。その裏切り者もツンドラの奥地に追い詰められて蜂の巣にされた。誰もが六分の五で、誰もが刻を越えられないように見える。しかし、ツンドラにうち捨てられた小太刀の上には永久凍土が堆積し、密やかに刻を越えようとしている。六分の一は確かに存在しているのだ。