第40期 #18

星空のコーヒー

「みて、きらきらして綺麗だねぇ。」
うれしそうな顔をして星空を指さす雪乃。
「白くて、いっぱいあって、雪みたい。」
「ほんと、綺麗だね。」
僕がそういうとにっこりと笑顔を向けてきた。
僕も精一杯笑顔で返す。
「ふふ、聖夜くん可愛いよ。」
なんだか恥ずかしくなって空を見上げた。
僕はいつでも雪乃にはかなわない。

雪乃はおかしそうに笑ったあと、ほぅ、とため息をついた。
「こうしてると恋人みたい。」
「僕はそれでもいいんだけどな。」
「あたしね、お人形さんになりたいって、ずっと思ってた。」
目線を雪乃に戻す。
「お人形さんとじゃ、恋人になれないよ、ね?」
かすかな星の光に照らされる雪乃の横顔は、思わず息を呑んでしまうほど美しかった。
「―僕は、それでもいいんだけどな。」
同じ言葉を繰り返す。
「―」
きょとんとした顔でこっちを見る雪乃。
「雪乃が、―…お人形さんでも、きっと好きになったよ。」
にんぎょう、と言いかけてそのニュアンスの違いに驚く。
『お人形さん』と『人形』、普段気にもならないことばがどうして、こうも冷たく感じるのだろう。
「あはは、変なの。」
そういって雪乃はまた、笑った。
「あたしね、聖夜くんにはかなわないな、って思うよ。」
星空に目を移した雪乃の顔は、なぜか哀しそうに見えた。

「そうだ。待っててね、コーヒー入れてくるから。」
しばらく無言で星空を眺めたあと、雪乃は家の中へ入っていった。

今夜は夜空に白い雪が降る。
いつもは雲に隠れて見えない星達が、今夜だけは一斉に瞬いている。

「お待たせ。はい、こっちは聖夜くんのだよ。」
「ありがと。」
漆黒のコーヒーにぐるぐると渦巻くクリームが、まるでこの夜空のようだ。
ふと、雪乃のカップをのぞいてみる。
「…あれ、真っ白だ。」
「これはね、あたしだけのコーヒー。雪のコーヒーだよ。」
雪乃はそう言うが、どう見てもミルクだ。
「へぇ、コーヒーってこんなに白くなるんだね。」
「うん。みんながね、星にお願いをするたびに白くなるの。これはね、あたしの願いで真っ白になったんだよ。」
「お人形さんになりたいって?」
「うん。叶うかな。」
哀しそうな笑顔を見せる雪乃。その表情は雪のように儚い。
「ん、―…。」
僕は、何も言わず雪乃にそっとキスをした。

雪乃は顔を少し赤らめ、
「なれるといいなぁ。」
とつぶやいた。

次の夜空に白い雪が降る夜、雪乃はきっとお人形さんになれるのだろう。

雪のように儚かったこの夜を、僕はずっと忘れない。



Copyright © 2005 桜月樹里 / 編集: 短編