第40期 #16
「最後に何か言いたいことは?」
俺はターゲットにそう告げる。いつも最後にはこういうことに決めているのだ。俺としてもばっさりと殺したのでは後味が悪い。
ターゲットは怯えた小動物のような目で、俺を睨む。
「き、君はっ、何でこんなことを、す、するんだね! わ、私を殺したら、どうなるかは分かっているんだろうな!」
「さあ? 興味ないね。そんなことでいいのかい?」
「ま、待ってくれ! 何が欲しいんだ! 金か? それならいくらでも」
「そんなもんいらないよ。強いて上げるならアンタの命だ」
「そ、そんな」
「ちょっとまったぁあああ!」
バン、と勢いよくドアを蹴破って、男が一人部屋の中に入ってきた。ああ、そういえば、鍵を閉め忘れていたような。まぁいいか、今更遅い。
男は上下共に真っ白なスーツを着込み、深紅のネクタイをしている。何か重大な勘違いをした服装だ。
「何なのアンタ」
「君のような粗野で低俗で下等で粗野な者に名乗る必要はないッ! 私は彼を助けにきたのだ!」
「粗野が二回あったけどな」
なんだこいつは。自分が正義の味方だとでも思っているのか。
「私は正義そのものだ!」
思ってた。しかもそのものかよ。
「で、その正義が何しに来たわけ?」
「決まっているだろう。殺し屋を殺しに来たのだよ」
「おいおい、それじゃあアンタも殺し屋になっちまうだろうが」
「何を言っている! 私を殺し屋などという愚かな奴らと一緒にするな!」
話の分からん奴だ。
「正義とか何とか言ってるけど、多分このオッサンにとってはどっちも変わりないと思うぜ? ってあれ?」
俺が指さした先には誰もいなかった。騒ぎに乗じて逃走したのだろう。畜生、邪魔しやがって。
「はっはっは! これでいい! 私の勝ちだ」
「何でだよ」
「うるさい! まったく意味のないことをべらべらと喋りよって……黙りたまえ!」
「それはアンタだろ」
「何を言う! 私は……おっと、もうこんな時間だ。さらばだ愚民!」
「っておい! 待て!」
男は俺の追撃をものともせず素早く走り去った。殺すんじゃないのか?
しばらくしてから落ち着いて考えてみる。
まったく、あの阿呆のせいで仕事が台無しだ。その上逃げ足だけは速いし。
しかしそこで、俺は一つのことに気付く。俺の中にさっきまであった、ターゲットに対する殺意が消えているのだ。言い合っているうちに、殺意が殺されたというのか。
恐るべし、正義の殺し屋。