第40期 #15

けずりたガールヤスリちゃん

「ねえねえ真一君、明日、数学で抜き打ちテストやるらしいよ」
「えっ、マジですか」
「うん、ホント。千秋が職員室で見たって。数学が、小テストらしきものを嬉しそうに作ってたんだって」
 数学というのは、うちのクラスの数学担当教師のあだ名だ。千秋というのは、この子の親友の名前だ。なんでも幼稚園からの付き合いらしい。で、この子は秋田さん。いまどき珍しく、おでこ丸出しのひっつめ三つ編みの女の子。でも、僕みたいな三つ編みフェチぐらいしか、そんなところには注目していない。彼女には、もっと目立つ要素がある。
「ヤスリ、その話ホント?」
 クラスの女子が僕たちの会話に割り込んできた。
「うん、千秋が言ってたんだから、間違いないと思うよ」
 答える秋田さん。女子は「ふーん。そりゃマズイっすなあ」と言い、黒板と教壇の間にたむろしている女子集団にそのことを伝えに行く。
「あした、数学が小テストやるってさ。ヤスリが千秋から聞いたって」
 その瞬間、「えー、マジか」「数学の野郎、なんかやけに上機嫌だと思ったんだよなあ」「ちっ、数学マニアが」など、率直な感想が飛び交っていた。
 その様子を眺めながら、秋田さんはニカッと僕に笑いかける。とても上機嫌だ。女子達の反応がよほど楽しかったらしく、右手の棒ヤスリの動きも一層激しくなる。ごりごり削れていく僕の机。削れた白い粉が、紺色の僕のズボンと彼女のスカートにどんどん降りかかっていく。
 彼女の名前は、秋田さん。でも、誰もその名前では呼ばない。右手に常に握られているその金属棒が、彼女のあだ名なのだ。



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