第4期 #7

僕ら暗闇を走りぬけて

夜間警備の太っちょジミーは、足を縺れさせ半回転して、頭から床に突っ込んで倒れた。
「見ろよこいつ、ダンス踊ってらあ」
トニーは笑いながそう言って、折れたバットを放り投げた。転がるバットの欠片が夜の廊下に硬質な音をたてる。
トウヤはこの状況を飲み込めずただ恐怖を感じていた。こんなつもりじゃなかった、なぜトニーの誘いに乗って部屋を抜け出してきてしまったのか。
「し、死んだんじゃないのか?」
トウヤはトニーの背後から恐る恐る訪ねた。
「そんな訳あるかよ」
トニーは太っちょジミーの腹を勢いよく蹴った。ジミーの口から酷く苦しそうな呻き声が漏れる。
「な」
そのままトニーは太っちょジミーを跨いで、廊下を先へ進んだ。トウヤも黙って後に続く。
二人は玄関ロビーの窓をこじ開けて芝生の庭に出た。幸いにも警備のジミー以外、二人の脱出に気付いている者はいない。

「後は塀を乗り越えればここからオサラバだぜ」
――本当に僕はここから出て生きていけるんだろうか。
「待って」
トウヤが言った。
「――止めよう、ここから出るなんて」
「お前、また」トニーは呆れた顔をした、それからトウヤに詰めより彼を睨んだ。
「お前こんな所にいて満足か? 毎日先公に小突かれて、ジミーのクソにいびられて、それでいいのかよ!」
「でも俺ここを出ても帰る場所無いし…」
「あのな、俺だって無いんだよ。けどな、俺ぁこんな所ゴメンだ、俺はカニ料理の店出すんだ、なあ一緒にやろうぜ」
「でも今日はもう止めよう、ま、また今度…」
「じゃあいっそ俺を殺してくれ、このまま戻るんなら死んだ方がマシだ」
そう言ってトニーはゆっくりと目を瞑った。
「さあ殺れよ」
「殺すたって、どーやって?」
「殴り殺せばいいだろ!」
「――できないよ」
「殺れよ!」
「無理だ」
「このオカマ野郎! 教養科のタカハシにケツ掘られてヒーヒー泣いて喜んでんじゃねーよ!」

トウヤの背筋に悪寒が走る。瞬間、トウヤはトニーの鼻っ柱を思いっきり殴りつけた。

「いってー!」
トニーは地面に顔を埋めて呻いた。
それからしばらく気まずい沈黙が続く。
トウヤは初めて人を殴った自らの拳を固く握り締めていた。頭の中は真っ白で何も考えていない。
「クソッ」トニーが立ち上がる、そして鼻を押さえながら、
「行こうぜ?」と言って照れ臭そうに笑った。
「う、うん、行こう」トウヤもそう答えて笑った。

それから二人は、この世界と外側の世界とを隔てる壁に向かって歩き出した。


Copyright © 2002 佑次ポッター・ハリ / 編集: 短編